第28話 エルフの剣士と勇者⑧
「——す、ルプス!」
肩をゆすられ、意識がはっきりとした。
「ミレイナ……。俺はどれくらい意識を失ってた」
周囲は瓦礫の山だった。動かなくなったゾンビや、殺された義勇軍の遺体、壊された家具が散乱しいている。
「ルプスが吹っ飛ばされてから全く時間は経ってません。立てますか?」
「ああ、大丈夫」
壁に頭を打ち付けたようで動くときに一度痛みが走ったが、まだ戦える。
身体は動く。
けれど———
「怪我を治すので……ルプス?」
「え、ああ、治療してくれるのか」
「……それが私にできることですから」
ミレイナとの会話が遠く感じる。意識がそちらに向かない。
ずっと身体の芯が震えて、師匠がなぜ剣を向けてきたのかとばかり考えている。
「さ、これで治療できました。私は他の方を治してきます。ルプスはどうしますか?」
ぐるぐると同じところばかりを回り続ける思考を一時的に中断させるような優しい問いかけだった。
「私は、戦えません。敵を倒すこともできません。けれど、誰かを助けることは出来ます」
「俺は……」
師匠がなぜ剣を向けてきたのかは全く見当がつかない。
理由を聞きたい。
あんなことをした理由を。斬られた中には旅の途中で話すようになった人もいた。
ギーバはなんの得もないのに俺を守った。彼らのためにも問いたださなくてはいけない。
「師匠を追いかける。戦うことが俺に出来ることだから」
師匠と最も剣を交えたのは俺だ。他の誰よりも太刀筋を、洗練された剣技を身体で覚えている。
この里の中で最もいい戦いができるはずだ。
「リュウさんは生命樹の方向へ向かっていきました」
ミレイナはこちらを気遣うような表情をしていた。言わんとしていることは分かる。
彼女も師匠の実力を目にしている。
「わかった。ありがとう」
ミレイナが身体強化の術を掛けてくれる。
「ルプスやリュウさんと一緒に旅したこの数日は本当に楽しかったんです。だから———」
「まだ魔王だって倒してない。師匠を引っ張って絶対に戻る」
生命樹へ向かって走る。師匠の狙いが何なのかはわからない。
頭を振って切り替える。今は考えずに走る方がいい。考え、迷うほどに動きが鈍くなる。いくら防御に専念したとしても師匠を相手にするなら俺の全力程度では足りない。
限界を超えて戦う必要がある。
そうして走り、生命樹がかなり近くなった。
森の中の空き地を通り過ぎたのであと少しで着くはずだ。
周囲は別段破壊されたような跡はない。ここには敵はいなかったようだ。
余計な戦闘で体力を削られることがなくて済むと思ったののも束の間、強烈は爆発音が響いた。
生命樹の幹の中ほどから黒煙と炎が吐き出されている。
そして、それらを突き破って誰かが木の外へと吐き出された。
「師匠!」
剣を構えたまま、師匠が空中で態勢を整えようとしている。そこへ矢のような勢いで黄金の光がぶつかっていく。
光は師匠と共に地面へと落ちていく。
あのは閃光はシトナのものだ。黄金の甲冑を着こんでいた時の気配。
師匠とシトナが戦っている。
「くそッ……!」
走る速度を上げる。
木剣や魔法を使わない縛りのあった戦いでさえ鮮烈な強さを誇ったシトナと、本気の師匠だったらどちらが勝つかわからない。
しかし、どんな決着になろうともお互いかなりの傷を負うことは間違いない。
まだ離れているのに鋼のぶつかり合う音がここまで聞こえてくる。
すでに戦いは始まっている。
幸いにも二人が落ちた場所は幹を挟んだ反対側、ではなく道なりに真っすぐ行ったところだ。
しかし、さらに予想外のことが起こった。
突如として生命樹のすぐ近くに青く巨大な生物が現れた。空を泳いでいるそいつは一度だけ見たことがある。
師匠と契約している水属性の召喚獣。アオクジラと言う名前らしい。そいつの能力は———。
「———ッ!!」
さらに走る速度を上げる。
視界にはシトナと師匠の姿が確認できる。距離にして百メートルくらい。
そのあたりに着いた時にはアオクジラがぐっと力を溜めるようにして背中から水柱を上げたところだった。
ざあぁと音を立てて水滴が俺の背後に落ちてくる。それは勢いを増していき入るものを切断する水流の壁となる。
どうにか結界が出来上がる前に入ることができた。
アオクジラの力は魔力で絶対防御結界を作り出すこと。自分の魔力を放出し続けて作る結界は魔法も物理的な攻撃も一切を防ぎ、侵入しようとするならば容赦なく水流に刻まれる。
安堵の息をつく暇もなく、師匠へと突進する。
「師匠!」
速度を乗せた上段からの一撃を師匠は難なく受けきる。
そのまま打ち込むがすべて受け止められる。
「師匠、なんで仲間を斬ったんですか!」
俺の叫びに師匠はなんの言葉も返さない。
強く打ち込んだ一撃はそれまでよりも数段速かった。
しかし、それも剣の腹で力を流されこちらの態勢が崩れる。
「剣に迷いがあるぞ、ルプス」
短い言葉だ。質問には答えずに、稽古の時のような言葉。
「ぐ……ッ⁉」
重たい蹴りが飛んでくる。咄嗟に左手でガードして直撃は避けたが、勢いを殺すことができずに吹っ飛ばされる。
このままでは結界の壁にぶつかると思ったがその前に誰かに受け止められる。
「ルプス君、大丈夫!」
全身を黄金の甲冑で覆っていて顔も見えないが、この声は間違いなくシトナだ。
「ありがとう」
礼を言って剣を構え直した。
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