第27話 エルフの剣士と勇者⑦

 宿について自室に戻り、ベットに横になった。


 濃厚な一日だった。


 剣の修理を依頼するために生命樹へ行き、そこを見学した。


 眼を見張るようなものがたくさんあった。


 そして、借り物の剣もよく手に馴染んだ。


 宴ではギーバや行軍中に話すようになった人たちと同じテーブルを囲んだ。


 そして、けしかけられて参加した一騎打ちの催し物では勇者であるシトナとも剣を交えた。


 そう考えるとどっと疲れが押し寄せてくるような気がしたが、治療魔術のおかげが体の調子はいい。


 体力も回復して眠れそうにないくらいだ。


「もう少し動くか」


 ベットから跳ね起きて、脇に置いてあった剣を腰に差す。


 宿を出て生命樹の方へと歩を進める。


 目的地は昼間にも訪れた森の中の空き地だ。


 月はないが生命樹の葉と道端に生えたコケが淡く発光しているので視界は良好。


 洞窟に生えていたのは禍々しかった。しかし、エルフの里のは優しく温かい光だ。


 風景を楽しみながらゆっくりと歩いて空地へ。


 少しだけ冷たい夜風が気持ちい。


 空き地に踏み入ると少しだけ光量が落ちた。人が通る道にはたくさん生えていた光る


 コケがこの辺りには殆ど生えていないせいだ。


 少し道を外れただけでこれなのだから森の中はエルフの里と同じように月明かり、い

 や今夜は生命樹の灯だけなのだろう。


 幸いこの空き地は剣を触れないほど暗くはない。


 剣の柄に手を掛けた時だった。


 僅かに話し声が聞こえた気がした。聞き間違いかと思ったが直後にまた聞こえてきた。


 辛うじて誰かが喋っているようだとわかるくらいだ。


 確かめに行くべきか迷った。


 エルフの里には強力な結界が張ってある。敵意を持ったものが侵入することはほぼ不

 可能だ。だから危険はないはず。


 しかし、森の奥にいるのが俺に対して敵意を持っている人物だった場合は話が変わる。


 結界が拒むのはエルフの里への敵意と害意があるもの。


 俺個人へのものなら結界は意味をなさない。


 そもそもこんな夜に暗い森の中での密談が健全なものとは思えない。


 いつでも抜刀できるように柄に手を置きながら、俺は森の奥へと足を進ませようとして———


「……ッ⁉」


 突如、膨大な魔力が爆ぜた。俺に向けられたものではない。


 続いて耳をつんざくほどの絶叫が響き渡る。まるで苦痛に耐えかねているかのような叫び声に聞こえる。


 叫び声が静まると、里の南で大量の邪悪な気配が動き出した。


 この気配は知っている。平原で義勇軍を足止めしていたグレゴリオの砦。その中に満ちていた気配と魔力だ。


 敵襲。


 森の中の奴も気になったがそれどころではない。


 踵を返して宿の方へと走る。ミレイナも絶叫で起きているだろうが状況がわかってない可能性がある。まずは彼女と合流すること先決だ。


 歩いてきた道を走って戻る。歩いた時の三分の一の時間で宿まで戻ってこれたが、そこには予想していなかった光景が広がっていた。


「何人かで纏まれ!」


「ちくしょう、何人かやられた」」


「腕がぁぁあぁ!助けてくれ助けて……」


 宿のあたりにはすでにゴーレムが五体、動く屍が無数に蠢いている。その中で義勇軍が纏まって方陣を組むことでどうにか耐えていた。


 パッと見てミレイナの姿は見えない。最悪の想像が頭をよぎる。


 しかし、ヒカリの召喚が解除された感覚はない。それなら無事である可能性が高い。


 ここで見つけられないなら宿の中にまだいるのだろう。


 宿も入り口が開け放たれ屍が入り込んでいる。中でも戦っているはずだ。


 多少の傷は負うだろうが無理やり突破するしかない。


 剣を抜き放ち、突撃しようとしたところで宿の二階から黄金色の炎が噴き出した。


 そして、炎の後にミレイナが飛び降りてくる。幸いにも着地地点にはゾンビもゴーレ

 ムもいないがすぐに囲まれてしまうだろう。


「どけぇぇぇぇぇ!」


 ミレイナの方に向かうために、道を切り開く。一番手前のゾンビを左肩から右脇腹まで一刀のものとに両断した。


 目の前のゾンビたちをすべて一撃で屠り進む。


 そうするとゾンビたちの間からミレイナの姿が見えた。囲まれながらも拘束魔法を使い、時折攻撃魔法を交えることで近づかれないように立ち回っている。


 それでも物量に押し負けてゾンビが一体、彼女の背後を取っていた。


「させるか!」


 目の前の屍の頭を斬り飛ばし、思いっきり投げつける。投擲した頭はミレイナの背後を取っていた屍に命中する。たたらを踏んで数歩後退した。


 その隙に一気に距離を詰め斬り伏せる。


 ミレイナと背中合わせになり周囲を警戒する。


「ルプス!よかった。部屋にいなかったからすごく心配で……」


 ミレイナは近くで見ると小さな傷をいくつも負っていて、服には血がにじんでいる。


「それにヒカリが……」


 彼女の腕に抱かれた小龍はぐったりとしている。


 魔力切れのようにも見えるが、それなら俺から魔力を持っていくはず。


「何度かブレスを使ったのか?」


「三回くら……」


 話していたミレイナをぐっと引き寄せて位置を入れ替え、彼女に迫っていた屍を切り

 伏せる。


 流石に物量が多すぎる。彼女の魔法では長時間耐えることは難しい。


 それにヒカリも重傷だ。竜種はブレスを吐くために体内、特に喉の治癒力が高い。


 それにより高温のブレスを吐いても即座に回復するが、他人を癒す能力のせいかヒカ

 リ自身の治癒力は低めだ。一日に二回くらいしかブレスを使えない。


「召喚を解除する。大丈夫、次は元気になって会えるから」


 よく頑張った、心の中で呟きながらヒカリの召喚を解除する。


 魔力で編まれた仮初の肉体が解け消えていく。


 ミレイナは悲しそうな顔をしたが、それは一瞬で消え去る。


「そこの集団に合流するぞ」


「わかりました」


 俺が正面の敵を斬り、ミレイナが魔法で左右の敵の動きを鈍らせる。そうして道を作

 り進むことですぐに集団と合流できた。


「ルプスとミレイナ嬢ちゃんも生きてたか!おし、お前ら!砦を破った英雄様が来てくれた。踏ん張りやがれ!」


 合流した集団にはギーバがいた。彼がこの集団を仕切っているようだ。


「ギーバ、こいつら一体どこから湧いてきたか知ってるか?」


「わからねぇ。大きな音がしたんで宿から出た時にはいなかったんだがよ、いきなり

 目の前にこいつらが現れたんだ。俺らは一応武器持っていたから耐えられたが、丸腰の奴らが何人か殺された」


 ギーバは怒りをぶつけるかのように大きく振りかぶり、屍の頭に剣を叩きつける。


「とにかくオレたちはここで勇者様がくるまで耐える。ルプス、お前は一番きつそうなとこを手伝ってくれねぇか」


「わかっ———」


 ゾンビやゴーレムの蠢く奥で一瞬だけ視界の端にそれは映った。


 見慣れたローブと背中に背負われた大太刀。全く隙のない立ち姿。


 師匠だ。


 これなら勇者が来る前に片ずくと思ったと同時に全身の筋肉が恐怖で震え上がる。

 その恐怖の原因は分からない。いや、認めたくない。


 なぜなら師匠からは剣のように鋭く研ぎ澄まされた殺気が放たれている。

 ふっと姿が消えた。


 いや見失っただけだ。最初の移動があまりにも速くて目で追いきれなかった。

 師匠は一切止まることなく屍を斬り、ゴーレムも斬り捨てる。


 三体目のゴーレムが斬られたところで義勇軍も異変に気づき始めた。


 師匠だと気づいた人はいないだろうが、思わぬ援軍に全体の士気が上がる。


 喜ぶべき状況なのに俺は動けずにいた。


 師匠は周囲の屍とゴーレムをほんの少しの時間で斬りつくした。


 そして、次に最も近くにいた義勇軍の兵を斬った。


「……、……」


 悲鳴すら上げられずに倒れる。その周りにいた人も瞬く間に斬られ、地面に倒れる。


 その予想したことのない光景と向けられ続けている本気の殺気で思考まで鈍くなってきた。


 師匠の行動理由がわからない。


 いつの間にか、こちらに切っ先を向けていた。


 ミレイナが叫ぶ声が遠く聞こえる。


 切っ先が迫っても動けずに、頭の中にはなぜという問いだけが渦巻いている。


「あぶねぇ!」


 ぐいっと後ろに引っ張られた。後ろに下がった俺の代わりに前に出た彼が剣で防ごう

 とする。


 その防御ごと大太刀は斬り、ギーバは地面に倒れこむ。


「何やってんだ、師匠ッ!」


 振るった剣は簡単に回避され、反撃に大上段からの一撃が返ってくる。

 頭上に掲げた剣の腹を左手で支えて受ける。


「く……ッ」


 肩が外れそうになるような衝撃が突き抜ける。


 それを防ぎきり、剣を弾く。


 しかし、こちらの斬撃は紙一重で簡単に躱され、目にも留まらぬ速さの突きが迫る。


「止まってください!」


 迫る剣に幾重にも魔力の鎖が巻き付き動きを停止させる。


 動きが止まったことで師匠の顔が見えた。


 僅かに口角が上がっている。目は普段と特に変わりなく、精神系の魔法を受けたよう

 にも見えない。


 師匠は操られているわけではなく、自分の意志で戦っている。


「ルプス、油断をするなと教えただろ」


 いつも修練で俺を叱るときの声音だった。


 咄嗟に距離を取ろうとしたが、師匠の方が速かった。


 巻きつけられた鎖を引きちぎり、切っ先を突き出す。


 回避は不可能だった。剣の腹で受けたが、俺は踏ん張ることができずに吹っ飛ばされ

 た。



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