第26話 勇者とエルフの剣士⑥

「~~♪」


 誰かの鼻歌が聞こえてくる。


 いや、歌と言っていいのか。少なくとも俺が知っている歌にこの曲調のものはない。

 ゆっくりと瞼を開ける。


 そこは見知らぬ部屋だった。天井はすべてが木製で継ぎ合せたような跡も柱もない。


 今日一日で散々見た生命樹の中にある部屋の特徴だ。


 ゆっくりと身体を起こす。


 ずきりと側頭部が痛み思わず顔をしかめた。


「あ、起きたんだ!」


 小さい人、いやエルフの少女だ。身長が俺の腰くらいまでしかない。


「よかったー。シーちゃん、すっごく心配してたか。あ、シーちゃんって言うのはシトナちゃんのことね。そのままだと長いから略してシーちゃん。かわいいでしょ?ところで頭の痛みはどう?一応、グリーレが治癒の魔法使ったんだけど。


 あいつさ、シーちゃんが頼み込んでるのに渋ったんだよ。気を失っただけだから、魔法を使ってやる必要もないとか言っちゃってさ。古株のエルフだからって人間嫌いが激しすぎんだよ。勇者の仲間として一緒に戦ったのにさ。でもアタシが蹴とばしたら、ようやく魔法を使ってくれたんだー」


 何かを言う暇もなく彼女はしゃべり続けた。師匠の連続攻撃並みの速度で話すものだから内容が入ってこない。


「えっと、治療してくれてありがとう」


 助けてくれたことだけは確かだ。


 俺が最後に受けた一撃は当たり所が悪そうだった。


 それにあの瞬間、エルフの魔術師が敵意を向けていた。俺の足元を掬った魔法は完璧に隠蔽されていた。周囲の誰も気が付かなかったし、俺も今思い返して気が付いた。


「礼ならシーちゃんに言いなよ。アタシはあの子が陛下に呼ばれてる間見てるように頼まれただけだからさー。……って、シーちゃん読んでこなきゃ!」


 金色のポニーテールを揺らして駆けていく。


 名前を聞きそびれてしまった。


 それ以外にも魔法使いのこととか聞きたかったが———。


「忘れてた!」


 部屋を出ていった時と同じ勢いでポニーテールが戻ってきた。


「君、シーちゃんとあんなに打ち込みあうなんて結構やるじゃん!」


 シーちゃん呼んでくる、と言い残してどこかに走り去っていった。


 嵐のような人だ。


 こっちに全く話す機会を与えなかった。


 すごく自分に素直な人という印象だ。


 ポニーテールのエルフが去ってから、外を眺めたり部屋を歩き回ったりしてしばらく待っていると扉を控えめにノックされた。


 どうぞ、と返事をするとシトナが入ってくる。


「ルプス、気分はどうですか?」


「治療してもらったおかげでなんともない」


「それはよかった。ごめんなさい。お祭りのようなものなのに私、本気で……」


「気にしてない。むしろシトナと戦えてうれしかった。それに最後のは俺が足を滑らせたから起きたんだから、事故だ」


 剣を交えたからわかる。戦場ならともかく遊びのような剣の試合で、彼女がルールを破って姑息な手段を使うとは思えない。


 フェイントも使うが基本的には真っすぐな太刀筋だった。


 だから、あの場で魔法を使ったのはグリーレの独断なのだろう。


 そんなことをした理由は分からない。


 今は何も情報がないので考えても無駄だが、放置はしておけない。


 敵と戦っている最中にやられれば、ちょっとした怪我では済まない。エルフの里にいる間にどうにかしないといけないかもしれない。


「ところで、君を呼びに行ったエルフの女の子って……」


「ヴィヴィがどうかしたの?あ、もしかて彼女、貴方に何か失礼なことを……」


「違う違う。名前を聞けなかったから。目が覚めるまで見守っていてくれたみたいだから。それにヴィヴィを見てたらなんだか元気をもらえた気がする」


「わかる。ヴィヴィが元気に動き回ってると私も自然と元気が湧いてくる。それにすっごく気遣いができて、大切な友達なんだよ」


 シトナが嬉しそうに話す。


 その笑った顔が、それまでのイメージと違い可憐さのようなものがあった。それに纏っている雰囲気も柔らかい気がする。


 まるで女の子のような———


「シトナは、えーと、その、女の子、だよな?」


 一瞬、ぎくりと表情が固まった。しかし、数秒後には元に戻って話し出す。


「あ、気づいたんだ。そうだよ、正真正銘女の子です。ただ、それだと色々と言ってくる人がいるから性別を偽ってるの」


「大変だな」


 勇者としての責務もあり、前線で戦っている上に性別を偽るということは人前での行動はかなり慎重になっているのだろう。


「それなりに大変だけど、ヴィヴィが助けてくれるし、案外何とかなってるかな。親友であり仲間だから本当ありがたいよ。彼女がいなかったら他は男ばっかりだから今よりも色々あったかもしれないし」


 シトナが誇らしげに語る。


 しかし、女性が一人だけとはどういうことだろう。昨日も今日も彼女の仲間らしき人は四人居た。


 ドワーフとエルフの魔法使いと騎士っぽい人間、そして装飾の多い弓を持ったエルフの女性。


 弓使いはかなり身長がありそうだったし、ヴィヴィと似てる部分ははポニーテールくらいで見た目は全く違う。


「ヴィヴィだけって、あの長身の弓使いは?仲間じゃないのか?」


「彼女はヴィヴィ……そっか、あっちの姿を見たのね。それならそういう勘違いもするよね」


「どういうことだ?」


「あなたが見た長身の弓使いも看病していた小さな女の子もどちらもヴィヴィなんです」


 開いた口が塞がらなかった。


 そんな短時間で伸びたり縮んだりするものなのか。それとも何かの魔法か。


「ヴィヴィの使っている弓の力だよ。弓があるときは大きくなって、離れると縮んでしまうの」


「へ~、そんな武器があるのか」


 そういえば師匠から聞いたような。魔法が込められた特別な力を持つ武具があるとかないとか。


 師匠や俺とは相性が悪いから使うことはないとも。


「そうそう、私も一つ聞きたかったんだけど、君の剣技って誰から教わったの?あまり私の周りでは見ないものだったから気になって」


「師匠から教わったんだけど、どんな流派かとは知らないんだ」


 曰く、元々はエルフの剣術らしいが旅の最中に色々他の剣術の技を落とし込んだので全くの別物になっているとか。


「そうなんだ。私とあんなにやりあえた人はほとんどいないから気になったんだ」


「俺も全力で戦っても勝てないと思った人は師匠以外にいなかったから新鮮だった」


 それから互いの剣技のことや村のこと、これまでの戦いについて語り合った。


 村からここまで、戦い方とかはミレイナとも話せたが彼女は魔法使いだ。


 剣のことで話せる友人はいなかった。


「それで狼に襲われているところを助けて、育ててくれたのが師匠なんだ」


 思いのほか色々と話してしまった。自分の出自の話などほとんど話したことなかったが、シトナ相手なら言ってもいいと思ってしまう。


「そうだったんだ。……私もね、君と似てるんだ。物心ついた時には一人だった」


 シトナは最初から勇者として育てられたわけではないらしい。後から勇者としての資格を持っているとわかり、剣技や魔法を磨いたそうだ。


「シトナ様、失礼します」


 ドアをノックして、衛兵が姿を現す。


「そこの男の仲間が心配して木の根元までいらっしゃってます。問題がないのであれば宿に返すべきかと。それとシトナ様、明日はエルフの女王様との会合がございますゆえ、そろそろお休みになられた方がよいかと」


「わかりました。ルプス、ごめんなさい。加減ができずに怪我をさせてしまって。けど、今の時間はとっても楽しかった。また話しましょう」


 握手をして、俺は衛兵に案内される。


 生命樹を出るとミレイナが待っていてくれた。


「よかった、全然出てこないから心配していたんですよ」


 倒れてから結構な時間が立っていたらしく、宴もお開きになったそうだ。


「ごめん、心配かけて」


「私もだけど、ギーバさん達も心配していたから後で顔見せた方がいいよ」


「そうだな」


 治療されてからの話を少ししつつ、ミレイナと共に宿への道を辿った。

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