第25話 勇者とエルフの剣士⑤

「ハァッ……!」


 振り下ろされた刃を剣の腹で受け流す。決定的な隙ができる。


「こ、降参だ!」


 鳩尾に刃が当たる寸前で止める。


「またしてもルプスの勝利だあぁぁ!これで、七連勝。この剣士を止められる奴はいるのかぁ⁉」


 そろそろ辞めたい。いい感じで戻ってきているし、ここまで連続すると流石に疲れてくる。


 けれど、まだ会場は熱気に包まれている。


 歓声を受けるのも誰かに期待されることも最初は楽しめたが、今はどうにかしてこのステージを下りたい。


「さあさあ、他に挑戦者はいないのか?」


「私が行こう」


 会場の騒がしさの中で不思議とはっきりと聞こえる凛とした声だった。


 ステージの上の俺や進行役も含めて集まっていた全員が声の方を向いた。


 中世的な顔立ちの青年だった。輝くような金色の髪を一つ縛りにしており、歩くたびにそれが揺れる。


 赤い目は魔性の宝石のようで見ているだけで奥へと吸い込まれそうだ。


 しんと静まり返った人達の間を通ってステージに上がってくる。


 簡素なシャツとズボン、上等な革のベストを着ているの見た目は全く違うが、纏う気配は知っている。


 昨日の黄金の鎧姿ではないが、彼が勇者だ。


 その圧倒されるほどの気配を間違えるはずがない。


「こ、こここここで勇者シトナが参戦だぁぁ!」


 俺がステージに上がった時を余裕で超える歓声が沸き起こる。


「初めまして、ルプス君。私はシトナ」


 周囲の物理的な圧さえ感じる歓声を涼しげに受け流して、シトナはよろしくと手を差し出してくる。


「よろしく、シトナ…さん」


「さんはつけなくていいよ。シトナって呼んで」


「そっか。勇者と戦えるなんて光栄だよ。でも、勇者様がこういう催しに参加すると

 は思わなかった」


「戦うのは好きじゃないから、参加するつもりはなかったんだけどね。酔った仲間が参加しろってうるさくってさ……」


 俺は勇者が居た壇上を横目で見た。昨日、勇者の周りにいた人たち。


 それよりもエルフ側の席に一人、敵意を持った視線を向けてくる人がいた。


 年老いて見えるエルフだ。豊かな髭を一つに縛っている。彼の椅子には杖が立てかけてある。おそらく魔法使いなのだろう。


 一瞬、目があった。瞬間、さらに敵意が強くなる。


 しかし、それは俺に向けられているというには少し違う気がした。


 それが何なのかはわからない。


「けどね、やるからには全力だから。よろしくね」


 勇者が木剣をゆるりと構える。


 一見無防備に見えるが隙がない。かなりの使い手だ。


「負けるつもりはない」


 先程までは全力を出すというよりも、眠っている身体を起こすことを目的とした。


 しかし、勇者相手にそれをすれば一瞬で倒される予感がする。


 最初から全力で斬り合わなければ、勝ち目はない。


 深く呼吸をして、意識を研ぎ澄ませる。


「互いに恥じぬ戦いを!———始めッ!」


 合図が出た瞬間に、足場が軋むほどに強く踏み込んだ。


 一気に距離を詰める。


 まずは普通に戦うつもりで一撃入れる。


 勇者も同じように距離を詰めていた。多分、考えていることは同じだろう。


 互いに剣の間合いに相手を捉える。


「セイッ……!」


 かがみ合わせのような動きで右斜め上から振り下ろされた剣が交差する。


 剣を引き戻し、さらに数回打ち込む。


 しかし、勇者はその全てに反応し、防ぎ切った。


 そして、お返しとばかりに俺の斬撃より速い斬撃を放つ。


 速い、と言っても師匠のような先読みの難しいものでなく、素直な剣だ。


 基本に忠実。だから防げる。


 勇者の斬撃を防ぎ切り、鍔迫り合いとなる。


 全力で押してどうにか拮抗できている。手ごたえは山でも押してるみたいで、いつ押し負けてもおかしくない。


「ルプス君、これまで全力じゃなかったんだね」


「そっちも最初は加減しただろ。それに、———ここからは本気だ!」


 あえて腕の力を抜いた。


 俺が全力で押していた以上、勇者もそれなりに力を込めている。


 勇者が支えを失ったことで前のめりになる。


 剣の腹で相手の木剣を滑らせる。


 そのままわずかに速く自由になった俺は、勇者とすれ違いざまに横なぎに一撃入れようと剣を薙いだ。


 しかし、勇者は態勢を崩したまま剣を無理やり振り上げて、俺の剣の軌道を逸らす。

 斬撃が空を切る。


 追撃はせずにまずは距離を取る。


 しかし、立ち上がった勇者は即座に距離を詰めてくる。


 そして、木剣を横一文字に薙ぐ。


 咄嗟に剣で受けるが、想像以上の威力だった。


 踏ん張り切れずにステージに端まで転がされる。


 起き上がりながら勘だけで剣を振るう。


 切っ先が何かをひっかけ、目の前でたたらを踏む気配が伝わってくる。


 やはり勇者は追撃に来ていた。


 今度はこちらから仕掛ける。


 威力は捨て、とにかく剣速を上げる。


 憑依召喚が使えない状況で勇者の膂力を正面から受けるのは愚策だ。ちゃんとした状態で受けたとしても吹き飛ばされるだろう。


 だから、攻撃に移るための隙を与えない。常に攻撃し続け、防御に専念させる。


「ハァァァッ……!」


 雄たけびを上げながら剣を振るう。連撃を途絶えさせない。


 次第に勇者も反撃してくるようになる。


 それを紙一重で避け、斬りつける。


 先程から俺の攻撃は掠りはするものの、決定打にならない。逆に勇者の攻撃は当たらないが、当たれば致命的なものとなる。


 不思議な感覚だ。打ち合うたびに自分の成長を実感する。それに、師匠以外に剣でここまでやりあえたのは勇者が初めてだ。


 この瞬間が楽しいと感じた。


 けれど、終わりは唐突にやってきた。


 一歩だけ、勇者が後ろに下がった。


 攻めるならここしかない。



 そして、深く踏み込んだ瞬間———。



 軸足の力がふっと抜けて、姿勢を崩す。


 集中しすぎた。もしくは限界だったのか。


 まずその考えが浮かんだが違った。


 僅かに魔法の気配がする。


 無意識のうちにエルフや勇者の仲間がいる壇上の一転へと視線が動く。


 あの魔法使いが薄い微笑みを浮かべていた。


 そこで俺の記憶は途切れる。


 重たい衝撃と共に意識が暗闇に落ちていく。

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