第24話 勇者とエルフの剣士④
修理を依頼できたので、とりあえず今日やるべきことは終わった。
期せずして間に合わせの剣も手に入れた。
「さて、お二人はこの後、ご予定はありますか?よかったら大樹の中を案内しますが……」
工房から地上に戻るための螺旋階段を上がる最中にエルスーンがそんな提案をしてきた。
「私は宴までは暇なのでぜひお願いします」
ミレイナがどうすると、振り返ってみてくる。
しばらく反動で体がろくに動かせなかったので、一度思
いっきり動きたい気持ちはある。
けれど——
「俺も大樹の中を見てみたい」
入り口にいたもう一人の衛兵が五層までしか入ることが許されないと言っていたし、そこまで時間はかからないだろう。
見終わった後に軽めに動いて、明日から調子を整えればいい。
「では、昼食ついでに二層からご紹介しましょう」
大樹の中は思ったよりも快適だが、見慣れない俺達には迷路に見える。
外から素材を持ち込んで作ったのではなく、中身をくり抜いて拡張したらしい。
見た目の変化が乏しく通った道がわからなくなる。
流石に厨房は外から持ち込んだ石で部屋を作っているようだ。
「生命樹は僕らの守護神でもあり、女王様の城なのです。なので通路には道が判別しにくくなる幻術が施されていますし、それ以外にも色々と仕掛けがあるんですよ」
そうして生命樹についての説明を受けたり、エルスーンの生い立ちを聞いたりしながら、生命樹を見て回った。
見終わったころには日が傾いていた。
あと数時間経たないうちに日が沈むだろう。
エルスーンに礼を言って生命樹を後にする。
「私は一度宿に戻りますけど、ルプスはどうします?」
「俺は宴まで身体を動かそうと思う。代わりの剣の感覚を掴みたいし、しばらく動いてなかったから体力もあり待ってるし」
「それじゃあ、また宴の席で」
宿の方向に向かっていくミレイナの姿を見送りながら、生命樹へ向かう途中に見つけた場所へと歩く。
丁度木々の切れ間から見えていた広場は無人だ。
ここなら思いっきり剣を振るっていても迷惑は掛からない。
軽く体を伸ばす。
柄を握り、鞘から抜く。
日の光を反射する刀身。傷一つない新品だ。
見た目は俺が使っていた剣と瓜二つだ。
違うのは柄頭の素材が違うことと、使い込まれていないので握りの革が硬いくらい。
「せいッ……!」
二、三度振ってみる。
ほとんど違和感がない。
それからしばらく無心で剣を振るう。
「ハッ……!」
横一線に振り払う。
軽く払って、剣を鞘に納める。
気が付けば日が沈み始め、空は赤色に染まっている。
日没まであと少しだろう。そろそろ宴の時間だ。
切り上げるにはちょうどいい時間だ。
一旦宿に戻って汗を流すか。
広場を後にしようとしたところで背中に視線を感じた。
振り返るがそこには木々が生えているだけで誰もいない。
「気のせい、か……」
敵意があるようなものでもなく、振り返ったのだって反射的なものだ。
深く考えることもなく、その場から去った。
汗を流して、着替える。
剣は必要ないので宿に置いていく。
英気を養い、共に戦うらしいエルフの戦士たちと交流を深めるための宴らしい。
勇者たちと合流した広場が会場となっている。
会場に着くとすでに義勇軍の見慣れた顔がいくつもあった。
ミレイナはもちろん、ゼーバなどの砦攻略の後に話すようなった面々もいる。和気あいあいと話している。
こういった場はほとんど来たことがないせいでどうすればいいかわからない。
村であった祭りのときにはダイアたちが手を引っ張って連れまわしてくれるので考えもしなかった。
とりあえず近くのテーブルからジョッキを拝借して端っこの方にいる。
どうしようか決めかねていたら義勇軍を率いた騎士と、エルフの騎士から挨拶があり、宴が始まった。
「おいおい、ルプス!端っこで何やってんだよ」
端っこでジョッキを傾けていたら、後ろから酒臭いギーバが肩を組んできた。
「いや、こういうのあまり慣れてなくて……」
「そんな難しく考えんなよー。てきとーに楽しめ楽しめ」
がっはははと豪快に笑う。
肩を組まれたまま近くのテーブルまで連れられる。
「砦を攻略した英雄様を連れてきたぞ!そらそら、席を空けて酒持ってきな!」
おおおという歓声と共に椅子に座らされる。そのテーブルにいたのは少しだけ話したことがある傭兵たちだ。
そこからは質問攻めにあったり、運ばれる料理を食べたり、いつの間にか一緒に歌を歌ったり。
混沌とした時間だったが楽しくもあった。
そうして過ごしていると少し離れたところから歓声が上がった。なにやら人だかりも出来ている。
「おお、なんか始まったみたいだな。行ってみようぜ!」
酔いつぶれた人たちは置いといて、ギーバと何とか立てる数人で人だかりに近づく。
人だかりの中心には簡易的な木製のステージがあった。その中で木剣を打ち合っている人たちがいる。
「あ……」
一人が足を滑らせ態勢を崩した。もう一人がそれをも逃さずに一撃入れる。それで試合は決着した。
審判らしき男が周囲の観客を煽り立てるような言葉を掛けた。
「さぁ、北のクルースーシュ出身、屈強なガロンテム!またしても挑戦者を倒した!この男を止められる奴はいるのかぁぁぁぁ!」
どうやら剣闘の大会を開いているみたいだ。
ガロンテムという男は背丈も俺より遥かに大きく、身体は筋肉の厚い鎧に覆われている。
力勝負なら敵なしだろう。
ただ先ほどの一撃を見る限り、技はそうでもなさそうだ。
「おいおい、面白いことやってんな!せっかくだらルプス行って来いよ」
「え、いや俺はこういうのは……」
「いいから、何事もやってみろってオレのばあちゃんもいってたし!おーい!ここに活きのいい戦士がいるぜぇ!」
ギーバばあちゃん、余計なことを言わないでくれ。会ったこともないけど。
俺の言葉を聞かずに酔っぱらいは周りの奴らに聞こえるように大声で言った。
おかげで周囲から注目されている。
背中を押されて一歩前に出る。
「おい、あいつ誰だ?」
「結構若いな」
「あ、あれ砦をぶっ潰した奴じゃねぇか?」
「あれか!」
引くに引けないような空気になってしまう。
それなりに強い奴と戦えるのは鈍った身体を起こすのに丁度いいとも言える。
気乗りはしないがそういう利点もあるからと自分を無理やり納得させる。
「……仕方ない」
逃げることを諦め、木製のステージに上がる。周囲を人に囲まれていて気が付かなかったが丁度こちらを見れる位置に勇者やエルフ、騎士たちの席がある。
勇者の姿を探そうとしたところで、すぐ近くで大声を出され意識を引き戻される。
「おおっとここで上がってきたのは、フルエ平原で魔王の四天王を打ち破り、義勇軍の道を開いた若き剣士!ルプスだああぁ!」
よく見たら審判兼進行の男は話したことのある奴だ。確かヴィンターと名乗っていたはずだ。
薬学の知識があるので義勇軍で蓄えている薬の管理をしている。
怪我をしたときに色々と世話になった。
「あんちゃん、これで連勝止めてくれ!」
場外から木剣を投げ込まれたので掴む。
投げ込んだのは一撃入れられて敗退した人だ。まだ足元がふらつくのか隣の奴の肩を借りている。
期待してるぜ、と言ってその場に座り込んだ。
それに言葉を返さずに、対戦相手に向き直る。
「さぁ、飛び入り剣士にルールを説明するぜ!と言っても複雑じゃねぇ。お互いに使っていいのは剣と己の肉体だ。勝敗は、一本とるか相手が降参を認めるか。以上だ!」
質問はあるか、と聞かれ首を横に振る。
自分の剣技だけで戦えるのなら問題ない。
「生命樹と勇者の御前に恥じぬ戦いを!
————始めッ!」
開始の合図と共にガロンテムが距離を詰め、上段から剣を振り下ろした。
鍛え上げた肉体で振り下ろされる剣は速度はそれ程でもないが、かなり重そうだ。
普段なら避けるところだが、ここは———
「あえて受ける!」
こちらからも距離を詰め、剣に力が乗り切る前につばぜり合いに持ち込む。
「ぬッ……!」
ガロンテムは予想外の行動に動揺したようだが、すぐに両腕に血管が浮き出るほどに力を込めて圧倒しようとしてくる。
それを身体全体を使って受けきる。
単純な腕力なら俺は勝てないだろう。だが、腕だけで身体を使えていない剣なら受けきれるし、返すこともできる。
一歩も引かずに鍔迫り合いを続けていると、ガロンテムの力がわずかに緩んだ。
その瞬間に一気に力を込めて押す。
ガロンテムが姿勢を崩した。
たたらを踏んでいるガロンテムの左わき腹から右肩までを切り上げる。
普通の剣の感覚ではなく、あくまで怪我をしない程度に、切っ先が掠る程度に。
せいぜい軽い火傷程度だが、力量は分かるはず。
これで降参しないのであれば次は顎に打ち込み、意識を刈り取る。
ガロンテムと視線が交錯する。彼の瞳は動揺が見て取れるが戦意は失っていない。
振り切った剣を引きもどし、今度は顎を打ち据えるべく懐まで入り込む。
「シッ……!」
最小限の動きで顎目掛け、剣を振り上げ———
「参った」
あと少しで触れるというところで止める。
「か、勝ったのはぁ!ルプスだぁぁぁぁ」
歓声が沸き起こる。
あまりの音量に思わず両手で耳を塞いだ。
「若いのに、やるな。おいの完敗だ」
手を差し出されたので握り返した。
そういえば対人戦で握手をしたのは初めてかもしれいない。
相手にしたのが山賊や盗賊ばかりだったので仕方ないけど。
ガロンテムがステージを下りていった。
俺も降りようとしたところで、進行役に引き留められた。
「おいおい、どこ行くんだよ、ルプス?」
「え……」
「さぁさぁさぁ!この新たな勝者、四天王を斬ったルプスに挑もうって野郎はいねぇのか!?」
「次はオレだぁ!」
ガロンテムから木剣を受け取った男がステージに上がってくる。
今のでリハビリは十分ではないが、これ以上するつもりもなかった。
しかし、熱狂という言葉がぴったりなくらいに盛り上がっている。
この状況でステージから降りることはできない。
覚悟を決めて俺は剣を構えた。
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