第22話 勇者とエルフの剣士②

 宿からミレイナが出てくるのを待ちながら視界を埋め尽くすほどの生命樹を眺める。


 騎士から伝えられた話の内容は簡潔だった。


 エルフの里には三日滞在し準備を整える。


 そして、出発して一日歩けば最前線、さらに半日進めば北側にあった魔王城へ至るための大峡谷。


 そこに架けられた唯一の橋がある。しかし、そこには魔王の配下が守る砦があるらしい。


 勇者たちはその砦の突破を考えているらしい。


 その先にいる魔王を打つためには、避けては通れない。


 この先のことを聞かされてその日は宿に案内された。


 そして、滞在二日目。


 今日は基本的に自由ということになっている。


 一応、連携強化のための訓練を騎士が主導で行うそうだが、参加しなくてもいいらしい。


 丁度、用事があったので不参加にした。


「ルプス、お待たせしました」


「いや、そんなに待ってないよ。それより調子はどう?」


「ヒカリちゃんのおかげで元気になりした」


 キュル~と誇らしげにミレイナの腕の中で小竜が鳴いた。


 目的地に向かいながら横目でミレイナの様子を確認する。思った通りヒカリが周囲の魔力を吸収してくれているのだろう。


 無理しているようにも見えない。むしろ調子良さそう。


「ところでルプスは大丈夫ですか」


「何が?」


「私のために昨日から召喚を維持させてしまってますし……」


「必要な魔力のほとんどは空気中の魔力でまかなえているから、まったく負担じゃない。むしろ有り余ってるくらいだ」


 消費したのは憑依召喚一回分にも満たない量。


 魔力が濃く、こちらから魔力を送る必要がない。それでも契約の関係で多少は魔力を取られるが、すぐに回復する。


 戦わなければ数日間、召喚したままに出来そうだ。


「それならよかったです。反動の方も問題なさそうですね」


「何日も休んだから。むしろ体力が有り余ってるくらい。普段なら素振りしてるんだけど……」


 視線が自然と腰に帯びた剣へ向く。


「かなり損傷が酷いから……」


「他の剣は合わないんでしたよね」


「出来が良くないってことじゃないんだけど、どれも軽くて感覚が違う。それに師匠からもらったものだからできれば使いたい……余計な感傷なんだけどさ」


「素敵なことだと思いますよ、ルプス」


 ミレイナが優しい表情を向けてくる。なんだか照れくさくて視線を逸らした。


「でも意外でした。剣士の方は剣を斬れればなんでもいい、と考えているんだと思ってました」


「技があれば剣はなんでもいいとは思う。けど、最後の最後で信じられない気がするからなんとなく嫌なんだ」


 ギーバのような傭兵なら相手を殺せればなんでもいいと言うだろう。戦場でならこの武器出ないと戦えないというやつは武器を失った瞬間に何もできなくなってしまうから。


 話しながら生命樹の根本へ歩く。視界いっぱいに広がるほどに近づくと、カン、カンと鉄を叩く音が聞こえてきた。


 師匠の話だと根元に鍛冶場があるということだったがそれらしきものは見当たらない。


 二人して顔を見合わせ困惑する。


 もしかしたら自分たちのいる根本ではなく幹をぐるっと回った反対側なのかもしれない。


 かなり歩くことになるが今日は時間も余っている。

 移動しようと口を開きかけた。


「あ、ルプス。あの方たちに聞いてみましょう」


 指さした方向を見ると衛兵が二人いる。手に持った槍の穂先を天に向けて立っている。


 大樹の根に開いた大穴が生命樹内部への入り口になっているようで、そこを守っているようだ。


 エルフなら鍛冶場がどこか知っているだろう。しかし、気になることもある。


 この里に入ってからの視線の変化で、友好的なエルフとそうでない人がいることに気が付いた。


 そして、生命樹に近づくにつれて友好的でないエルフが増えている。


「あの、すみません」


 そんな考えをしていたらミレイナが話しかけていた。


 その後ろを追いかけ、一応身構えておく。


 衛兵の見た目は俺よりも年上といった感じだ。しかし、長寿のエルフで見た目の年齢はあまり意味がない。


「はい、なんでしょうかお嬢さん」


 衛兵は最初驚いた表情こそしたが別段敵意めいたものは発していない。むしろかなり友好的な感じがする。


「実はエルフの鍛冶場がこのあたりにあると聞いたのですが見当たらなくて……」


「それでしたら案内します。フォレールさん、いいでよね!」


 受け答えをしていた衛兵がもう一人に話しかける。


「構わない。王はできる限り義勇軍の望みを叶えるよう仰せだ。ただし、5層より上は駄目だ」


「了解です。ではお二人、こちらへどうぞ」


 あっさりと中に通された。


 大樹の中の通路には感覚を開けて光るコケが置かれている。


「ところでお嬢さん方は鍛冶師なんですか?」


「いえ、職人というわけではなくて……」


「俺の剣、刃こぼれが酷いのですが義勇軍には研ぎ直せる職人がいないんです」


「なるほど、それで我らの工房を訪ねられたのですね。我らの工房にはドワーフの末裔もおりますのできっと直せるでしょう」


 案内してくれる彼はエルスーンと名乗った。エルフの中でも新しい世代(それでも百年は生きている)だと自分で言っていた。


「人間の街では僕らは御伽噺の登場人物になっていたのですね」


「ほとんどの人があなた方を見たことがありませんからね」


「僕らは人間の街に行ってみたいんですけどね。それに人間を嫌ってるのは五百年以上生きている世代で僕らみたいな若い世代はそういう感情はないんですよ」


 話しながら螺旋階段を降りていく。


 鉄を叩く槌音が大きくなってきた。階段を下りきると、槌と剣を交差させた意匠が彫られた扉がある。


「失礼しますッ!」


 エルスーンが扉を開けた途端、肌を焼くような熱風が吹いた。

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