第20話 大森林

 廃墟と化した街を通り過ぎると霧が出てきた。


 僅かに魔力を感じる。


「……方向感覚を狂わせる術ですね。かなり古い術です」


「こっちを分散させて襲うつもりか?」


 自分で言って違和感を覚えた。そういう目的ではない気がする。


 そもそも俺はこの術を知っているような……。


「入り口を隠すための結界だ。身構えなくてもいいよ」


 声が聞こえ、振り向くと師匠が荷台に腰かけていた。


 なんの音も気配もしなかった。


「師匠、どこ行ってたんですか。聞きたいことがあったんですよ」


 目が覚めた四日前から師匠は姿を消していた。


 ミレイナに聞いたらこっそりとここを離れていたらしい。彼女も詳しい事情は聞かされていなかった。


「色々と調達したいものがあってね。それを取りに離れてたんだよ」


 確かに師匠は何かが入った袋を持っている。


 師匠はフードを外さずに真剣な目を向けて話始める。


「この先、勇者との合流地点に僕は入れないんだ。それだけでルプスにはわかるだろ?」


「エルフの住む里、ですね」


 入れない場所というのなら一か所しかない。


 まさか大森林がそうだとは思わなかったけど。


「ちょっと待ってください。リュウさん、里を追放されているんですか⁉」


 ミレイナがおどろいて声を上げる。


 それも無理はない。里から追放されるのはあまりないことらしい。人間社会でも有名なエルフの話だ。


「武者修行に出るときにいろいろあってね」


 師匠は涼やかに笑う。この話をするときはいつも細かく言おうとしない。


「それでここからが本題なんだけど……。見つからないように二人とは別行動をす

 ることになる。姿は見えないだろうけど心配しないでほしい」


「何百年も前の話ならもう大丈夫なんじゃないんですか?」


「人間の世界ならそうかもしれないけどね。エルフは長寿で僕だってまだ若い部類なんだよ。——と、もうすぐ霧を抜ける。その前にこれを……」


 袋の中から羊皮紙を取り出して、手渡される。


「ルプス、聞きたいことは君の剣のことだろ」


「グレゴリオとの戦いのときに刃毀れしてしまって……義勇軍の鍛冶師に見てもらったんですがここでは遂げないそうで……」


 剣を鞘から抜き、刀身を露にする。ミレイナが息を飲む気配が伝わってくる。


 長く使っているので傷も多かったが、砦での戦いで所々欠けて、刃の部分が凹凸になっている。


「奴の魔法が強力だったから仕方ないさ。エルフの里のリーフェリオンという男を訪ねるといい。生命樹の根本に工房があるはずだ。あいつならその剣を研ぎ直せる。偏屈で頑固で面倒な奴だから、大変かもしれないけどね。もし剣を研いでくれなかったら、その羊皮紙を渡しなさい」


 それがあれば必ず仕事を受けてくれるから、そういって師匠は荷物を背負い直して立ち上がった。


「師匠、やっぱり俺たちも一緒にいた方が……」


「そ、そうです。私も獣除けの結界なら張れるので森の中でも大丈夫です!」


 三人でいればこの森で数日過ごすことも可能だ。交代で見張りを立てる必要はあるがそれでも十分に休める。


 師匠が危険を冒して隠れているよりもそっちの方がいいと思ったが、首を縦には振らなかった。


「決戦が近いんだ。二人は十分に英気を養える環境のほうがいい。それにこの里は僕にとっては庭みたいなものだからね。数日隠れるくらいわけないさ」


 そう言うと師匠は馬車から降りて、深い霧に紛れて消えた。


「大丈夫でしょうか、リュウさん……」


「師匠なら心配いらない、と思う。それに止めようにも見失ったし……」


 師匠が霧に紛れて本気で隠れたのなら俺達では見つけようがない。


「俺たちは義勇軍の一員として過ごすしかない。師匠のことはできる限り話題に上げないように気を付けて」


 段々と霧が晴れてきた。次第に明瞭になっていく視界に映るのは広大な森だ。


 樹木はどれも数十人でないと囲えないくらいに太い幹で首が痛くなるくらいに見上げないと先端が見えない。


 そして、空気に満ちる魔力が濃い。呼吸をするだけで魔力が体内に魔力を取り込んでいる。


「全軍、止まれッ!」


 先頭を行く騎士が声を張り上げる。


 俺は後方にいるので、前の馬車や人が邪魔で見えにくいが前方に深緑色のローブを着た集団がいる。


 特徴的なのは全員が師匠と同じとんがり耳であることだ。


「エルフだ……」


 義勇軍の誰かが呟いた。その言葉にはどんな感情が込められているか定かでない。


 おとぎ話の住人と出会った感動、もしくは————、畏怖といったところだろうか。


「余はセリエル・スフィア・セリュエ!ハリョク騎士団の団長である。樹王様の名代として、義勇軍を迎え入れよう!長旅ご苦労であった!」


 後方まで届くような声量だった。エルフの集団の先頭でローブに最も装飾が付いている男。その装飾も飾りすぎということはなく、周りと比べれば豪華という程度のものだ。


 セリエルと名乗った彼は義勇軍を率いる騎士と握手を交わした。


 義勇軍全体がどよめく。


 人の世界ではエルフは高潔、高貴、そして人間とほとんど関わろうとしないことで有名らしい。


 だから、お互いを認め合うようにすることはあり得ないと言ってもいい。


 そのまま俺たちは里の中央にあるらしい生命樹の麓へと案内される。


 先頭の方から流れてきた話によると、勇者一行もそこで待っているらしい。

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