第19話 道の途中で
ガタガタと馬車の揺れが酷い。歩く速度と変わらないので余計に揺れているように感じる。
現在、義勇軍は砦が塞いでいた平原を通過し、王都よりも北上した辺りらしい。
馬車の外へ目を向けると西の空には黒い雲が見える。
砦を突破し、王都の近くに差し掛かったころから見え始めた暗い空は、魔族たちの領域。
復活した魔王の領土。
あの雲の下、ここからは見えない奥地に居城が立っているらしい。
いよいよ前線近くまで来たというのに義勇軍に過度な緊張感はない。どこか浮足立っているようにも見える。
「ルプス、怪我の具合はどうですか?」
対面に座っているミレイナが聞いてくる。
「痛みもないから大丈夫」
手を握ったり開いたりして見せる。
グレゴリオを倒した後、気を失った俺をミレイナと師匠が野営地まで運んでくれた。
目が覚めた時には馬車の中で、戦いから二日が経過していた。
眠っているときも治療をしてくれたようだが、怪我よりも限界強化の反動のほうが酷かったらしい。
さらに二日経ってどうにか身体が動くようになってきた。
「それはよかったです。けど、あまり無理はしないでください。目的地についたら忙しくなるんですから」
「わかってるよ。それにしても———勇者ってどんな人なんだろうな」
義勇軍の目的は勇者に合流すること。早ければ今日中にでも合流できるらしいが俺たちは具体的な目的地を知らない。
勇者のいる場所には国の戦力のほとんどが終結しているから万が一にでも魔王軍に強襲されるわけにはいかない。そのために居場所を知るのは一部の人間に絞っているらしい。
義勇軍で知っているのは指揮する騎士だけ。
「私も直接見たわけではないけど、とても立派な方らしいよ。噂だと剣も魔法も相当の実力で、誰に対しても優しいって。あとは、とっても綺麗な人なんだって」
「へ~。俺のいた村にはそういう話は来なかったな」
思い返してみても勇者が前線で戦っているというものだけで、人柄やどんな戦いをするのかといった細かいことは聞いたことがなかった。
もしミレイナの聞いた噂が真実なら戦ってみたい。伝説の勇者なのだから少なくとも俺よりは強いはずだ。
「……戦ってみたいとか言っちゃだめだからね」
「い、言わない言わない」
ミレイナの助けがあったことと、グレゴリオ自身の慢心でどうにか勝てた俺では、一太刀浴びせるのが精一杯だ。
「ところで結局どこ向かってるんだろうな」
砦の後くらいからミレイナにいろいろと注意されることが増えた。
師匠にルプスは僕が色々教えているけど、足りない部分があるから面倒を見てほしい、と頼まれたらしい。
俺が露骨に話題をそらしたことにジト目で無言の抗議をしてくるが、話には乗ってくれる。
「私もこっちまで来ることはあまりなかったから……。地図だとこの先には大森林と山脈があるのと、街が一つあるくらい」
「じゃあ、その街が合流地点なんだろうな」
大森林は昔話にも出てくる森の名前だ。そこには強力な魔獣が住んでいるらしく、そんなところに兵力を集中させることはないだろう。魔王軍と戦う前に戦力をそがれることはしないはずだ。
「残念ながら、ティフォールの街で集まることはないぜ」
荷台の入り口に顔をのぞかせたのはゼーバ、————砦のことで騎士と揉めていた傭兵だった。
「今日の分の飯だ。特別に果物をつけてもらったぜ」
二人分の食事を持ってきてくれたようだ。トレーには乾パンと干し肉、そして切ってあるリンゴが二つずつ乗っている。
礼を言ってから受け取る。
砦攻略の後から義勇軍の人たちと随分と話すようになった。ギーバもその一人だ。いかにも傭兵という見た目だったの気性の荒い人かと思ったが、実際は細かいことを気にしない面倒見のいい人だった。
「なんでそのティフォなんちゃらって街じゃないんだ?」
「ティフォールな。それは————説明するより見るほうが早いな」
ギーバが前方を指さしたのでそちらを見る。御者台に座る師匠の背中越しにその光景は見えた。
瓦礫の山ができていた。まっ平らな平地に崩れた煉瓦や岩を適当にぶちまけたかのようだ。
辛うじて残っている城壁の残骸や何とか形を保っている建物が、かつてはここに街があったことを語っている。
「一か月前だ。魔王軍に押されて前線が後退したとき、ここが戦場になったんだ。王都に勇者一行が戻っているわずかな間にだ。結局、戻ってきた勇者が前線を押し返したらしいけどよ。大勢死んだ」
本当にぎりぎりのところで押し返したのだろう。
無意識のうちに剣の柄を握りしめていた。今、ここで出来ることはないが、せめてここで死んだ人たちのためにも敵を斬ろうと、そう思った。
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