第17話 障壁⑥

たどり着いた場所は円形のドームになっていた。


結構広さがある。床や壁も先程までとは材質が違う。


ドームの中央、俺達から離れたところに石の玉座がある。そして、フード付きのマントで頭の先から全身を覆い隠している人物が座っている。


性別も定かではないがその身に纏う魔力は異質だ。どこかで感じた気もするが思い出せない。


「我が砦に自ら足を踏み込むものは勇者だけだと思っていたが……まさか貴様らのような兵もいたとはな」


口調自体はそこまで攻撃的でないにも関わらず、重たいプレッシャーがある。


「しかし、あのエルフ以外はだだの雑兵か。張り合いがない」


くつくつと嘲るように嗤う。確かに師匠と比べればまだまだ力不足ではあるが、それでもこいつには負けはしない。


「随分とこっちを弱く見ているけどよ……俺達はここに辿り着いてるぜ」


「辿り着いた?違うな、我が招いたからここにいるのだ。あのお方の寵愛を受けることができそうなものがいたからな」


玉座の人物が立ち上がった。でかい。背丈は2メートルくらいありそうだ。


俺とミレイナはそれぞれの得物を構える。


ミレイナに視線を向けると小さくうなずいた。俺のやろうとしていることを察したようだ。


玉座までの距離はあるがミレイナの強化魔術があれば瞬きのうちに詰められる距離。

まずは不意打ちで一撃入れる。


それで倒せればいいがそう簡単にはいかなそうだ。ともかく広範囲にわたる攻撃魔法だけは使わせないようにしないといけない。さっき通ってきた壁の穴はすっかり塞がれている上に見渡しても出口らしきものはない。


「だが、期待外れもいいところだ。———それで、お前たちは我に従うか?まさか我が砦に入ってきて出られるとは思っていないだろう」


「……従わなかったらどうなる?」


話をしながら少しずつミレイナから距離をとる。師匠がいない今、悔しいが俺の実力ではミレイナを守りながら魔術師を相手にするのは難しい。


だから俺が注目を集めて攻撃を集中させる。


「従うのなら殺してから使い魔の材料にする。従わぬのなら生きたまま使い魔に改造するまでのこと」


「それなら———抗ってお前を倒す!」


地面を踏み抜いて、最速で距離を詰める。身体能力強化でのこの速度は師匠でも反応がぎりぎりだった。


この魔術師が反応できるとは思えない。


魔術師は俺の動きを目でとらえられていない。これなら斬れる。


上段から振り下ろした剣は阻まれることなく右肩から左の脇腹までを切り裂いた、はずだった。


「なっ……!」


ギャリギャリと耳障りな音。魔鉱石を斬ろうとした時のような鉄よりも硬いものを斬りつけた手ごたえ。


火花に照らされ、わずかに見えたフードの奥から金色の視線が向けられる。殺意の籠った不気味に揺らめく瞳。


斬られた外套が床に落ちる。


「我は四天王グレゴリオ、永遠の命と肉体の限界をもって魔術の深淵へを目指すもの」


その姿は形容し難いものだった。左に六つの目を持ち、右目は宝石のような瞳。頬まで裂けている大きな口。


身体は黒い毛皮で大部分を覆い、ところどころにオオトカゲのような鱗が生えている。


何種類かの魔獣を混ぜて人型に整えたらこうなる、という姿だ。


「錬金術師か……!」


『生み出す』ことに特化した魔術。生物をつなぎ合わせたキメラや土塊から作られるゴーレムを操る。


そして、自身の魔力や肉体を強化するためにほかの生物を取り込むこともある。


眼前のグレゴリオは辛うじて人型なだけで、それ以外に人間らしい要素は残っていないように見える。


「錬金術ではない」


距離を取ろうとしていた俺に向かって掌を向ける。


これは死ぬやつだ。


経験でわかる。今から行われる攻撃を喰らえばおそらく生きていない。


「フレイム」


俺が知っているフレイムは炎が拡散し脅し程度にしか使えないはずの魔法だ。破壊力も射程もない。強いて言えばそこそこの範囲を一瞬で炎に包めることくらい。


火属性魔法の中でも低級の魔法。そのはずだった。


距離が近すぎて躱すことはできないが、斬ることはできる。


魔力の核を探り、斬る。しかし、咄嗟のことで完全に捉えることができず無効化できなかった。


炎に飲まれ壁際まで吹き飛ばされる。強かに背中を打ち付けて息が詰まった。


「ルプス!」


ミレイナが駆け寄ってこようとするのを制止する。


「大丈夫!それよりも——」


グレゴリオから目を離すな、と警告する前に奴は行動を起こそうとしている。ミレイナは気がついていない。


目にもとまらぬ速さでミレイナとの距離を喰いつぶしたグレゴリオは丸太のように太い腕を振り上げた。


ミレイナはそこでようやくグレゴリオが近づいていることに気づいた。


「うおぉぉぉッ!」


身体に檄を入れ、全力で走る。


ミレイナと錬金術師の間に入り、剣でグレゴリオの腕を受け止める。


ズシン、と凄まじい重さがかかり、剣が悲鳴を上げる。


このまま支え続ければ折れてしまう。


「カースバインド!」


黒い煙のような鎖が虚空から現れ、グレゴリオの全身を縛り上げる。ミレイナの拘束魔法だ。


動けなくなった隙にミレイナを抱きかかえて距離を取る。


「珍しい術を使うな、女。この辺りでは見ない系統の魔法だ。興味深い。貴様は脳だけ生かして知識を奪ってやろう」


目だけでこちらを見据えながら、グレゴリオは拘束を解くために暴れもしない。


しかし、縛っている鎖に罅が入っていく。


「貴様のオリジナルの術らしいが、まだ甘いな。粗末だ」


パリンと儚く鎖は砕け散って虚空に溶けていく。


「ミレイナ、俺に限界を出す魔法をかけてくれ」


「え、でも、あれを使ったら……」


「しばらく戦えなくなるのはわかってる。けど、そうでもしないと倒せない。頼む」


フレイムを喰らった時のダメージで体が重たい。それにあいつの身体は予想以上に硬かった。物理的なものもあるが魔術的にも強化している。


グレゴリオを斬るために斬鉄だけでも、魔法切りだけでも駄目だ。その両方を同時に成立させなくては。


限界の力を振り絞ってようやく勝てる相手だ。


「わかった。気休めかもしれないけど私も援護します」


魔鉱石を斬った時の感覚を反芻する。あれと同時に鉄を斬るイメージ。練習などない。この場で成功させなくてはいけない。


深く息を吸って、吐く。


感覚を研ぎ澄ませる。


頭の奥がピリピリとする感覚。


「久方ぶりに刺激的な魔法であった。礼に我が魔術を見せてやろう」


グレゴリオが頭上に手を掲げると何層もの魔法陣が展開される。見ただけでわかる。錬金術とは別系統の魔術も組み込まれている。


キメラのように掛け合わされた魔法だ。おそらく斬れない。打たれる前に片を付ける。


「限界強化!」


全身を熱い血潮がめぐる。先ほどまで重かった身体が嘘みたいに軽くなる。

一足飛びに間合いを詰めた。


やはり最初の一撃は目で終えていなかったのか、奴の周囲には設置型の魔法が仕掛けてあった。それが反応する前に切り裂く。


魔法が壊れたことに気がついたグレゴリオがこちらを見た。


もう遅い。


完全に間合いに捉えた。


右下から剣を振り上げる。狙いは発動前の魔法陣を保持している右腕。


剣を振るっている最中、切っ先まで神経が通っているような、剣が自分の一部になった感覚を得る。


そして、刃がグレゴリオの腕に触れた瞬間、頭の奥で火花が弾けた。


絶対的な防御力だった皮膚を難なく切り裂き、その下のぶ厚い肉と骨を断つ。


「がぁぁぁっ⁉」


斬り飛ばした腕がぐるぐると宙を舞う様子がやけにゆっくりとして見えた。


そこから流れるように連撃を加えていく。


「ハアァァァァァッ……!」


全身を切り刻む。


体力が続く限り、剣を振るい続ける。


「なめるな!小童ッ!」


肉が盛り上がり剣にまとわりついた。さらに刀身を残った左手に掴まれ、動きを止められる。


「終われ!」


グワッと開かれた口の中に魔法陣が描かれている。


「お前がなッ!」


グレゴリオの魔法が発動するよりも早く憑依召喚:サラマンダーを発動する。

刀身から灼熱の炎が溢れ出す。


「燃やし尽くせ、サラマンダー!」


刀身を包む炎が踊り狂う。残りの魔力すべてを注ぎ込んで炎を出しまくる。


「……な…に…ッ⁉」


グレゴリオの眼窩や口腔から炎があふれる。


全身を巡る炎は皮膚を貫き、グレゴリオを炎で包む。


それでもグレゴリオは剣を離さず、逆に体内に引きずり込もうとする。


「貴様も道連れだ」


焼け落ちる宝石のような目で俺を睨む。


奴の全身に魔法陣が浮かび上がり強烈に光を発した。自爆する気だ。


「やってみろ!」


残った魔力を剣に一気に叩き込む。これまでで最高火力の炎を放出し、剣を抑えている肉と手を吹き飛ばす。


拘束を解かれた瞬間、全力で後ろに飛んだ。


ほぼ同じタイミングでグレゴリオの魔法陣が最も輝いた。


強烈な熱と衝撃。


「プロテクト!」


ミレイナの声と共に全身を薄緑色の光が包んだ。しかし、魔法の防壁でも衝撃を殺しきることはできない。


無様に吹き飛ばされて壁に激突する。ばらばらと崩れる壁の破片が体を殴打すし、視界が明滅する。


「ルプス!」


すぐさまミレイナが駆け寄って治癒魔法をかけてくれる。


少しだけ体の感覚が戻ってくる。


「ミレ、イナ、あいつは……」


「死体すら残さず消えました。私たちの勝ちです」

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