第16話 障壁⑤

砦の中に入ることは成功した。邪悪で強大な気配を感じ取ることができる。


それがこの砦の主であることは確実だ。気配は動けないのか、動かないのかわからないが一か所に留まっている。


砦の構造は分からないが気配のほうへ進めばいずれたどり着くだろうと思っていたがうまくはいかなかった。


行く先々の道が行き止まりとなっている。


「また行き止まりか」


これで五度目だ。外からの見た目以上にかなり複雑らしい。


「待ってください、後ろからゴーレムが……!」


戻ろうとすると行く手にはゴーレムが一体待ち構えている。


通路自体はゴーレムが戦えるほどに広く、最初からそれを見越して作ってあるみたいだ。


悪態をつきながらゴーレムへと走る。


ここのゴーレムは物量で圧倒することを目的としているようで単調な動きしかしてこない。


だから、躱すことは簡単で、カウンターで核を破壊すれば時間はかからない。


巨大な岩塊である腕が背筋が寒くなる勢いで横を通り過ぎる。


「拘束魔法!」


周囲の空間から現れた鎖がゴーレムに絡みつき動きを止める。


地面を思いっきり蹴って飛翔し、頭部にある核へ剣を振り下ろす。


「せりゃあぁぁぁぁ!」


魔鉱石を斬るよりもずっと簡単に刃が通り、核を切断する。


ゴーレムは動きを止め、ガラガラと崩れ岩の塊に戻る。


砦の中にいる敵とは何度か遭遇しそのたびに倒しているが、これではこっちの体力が尽きるほうが速い。


「ふむ……。ルプス、少し待ちなさい」


ゴーレムの残骸を超えて進もうとしていた俺を師匠が呼び止めた。


師匠はおもむろに近くの壁に手を当てる。


「うん、やっぱりそうか。……この砦自体がゴーレムのようだね」


「砦自体がですか?」


「触ってみればわかるよ」


壁を指さしながら言われたので、右手をあててみる。


ただの石壁のように思える。魔力だって感じない。冷たい石の壁————


「あったかい……?」


僅かにだが熱を感じる。それに周期的な振動がある。


「まさか、生きているんですか。この砦は」


「一つの生物なんだろうね。キメラやゴーレムと仕掛け自体は一緒だとは思うけどここまで大きなものは初めて見たよ」


「もしかして、私たちの向かう先が行き止まりなのは、途中で壁が生えてきた……?」


ミレイナの考え通りだ。目的を決めておけばそれ通りに作動する術式を仕込んでいてもおかしくない。


「けど、これだと魔術師のところへ向かうのはかなり難しいな」


行く手すべてを妨げられていても俺と師匠の魔法で壊して進めばいい。


問題はどれくらい魔力を消費するかだ。


「憑依召喚:サラマンダー」


掌に炎の魔力を集中させ、壁に向かって放つ。


壁に衝突した火球は熱と光をまき散らして消滅するが、黒く焦がす程度で破壊には至らない。


この分だとかなり魔力を込めないと破壊して進むことは難しい。


「仕方ない、二人ともそこの角まで下がってなさい」


師匠が背中の太刀を抜き、ゆったりと構える。


「今から魔術師の元まで一本道を作る」


魔力が高まっていく。一度だけ見せてもらった本気の時の師匠の力。


ミレイナと二人、慌てて曲がり角まで下がる。


それを確認してから師匠は召喚した。


「憑依召喚:■■■」


さらに魔力が膨れ上がった。何を召喚したのかは聞き取れなかったが、かなり強力な奴だ。


太刀が黄金に輝き、それに伴い魔力を宿す。


そして目にもとまらぬ速さで一閃。


気が付けば轟音と共に三人でも余裕で通れるほどに壁が破壊され、その先に広間が見えた。


「二人とも急ぐんだ」


そのあまりにも凄まじい破壊の光景に呆然としていた。


師匠に言われてハッとしてすぐに走り出す。


行く手を悉く塞いできたということは——


破壊された壁が再生を始めていた。気色の悪いぶにょぶにょしたものが破壊されたところから滲み出して穴を埋めようとしている。


幸いにも再生速度が遅いので広間に出ることはできそうだ。


「きゃッ!」


悲鳴が聞こえて振り返ると、ミレイナの足に壁からにじみ出るぐにょぐにょが絡みついていた。


それは足ごと壁と同化しそうになっている。


剣でまだ纏わりつこうとするぐにょぐにょを俺が切り裂き、師匠がすでに固まりつつある足回りを突き技で破壊し、ミレイナを自由にする。


「戒め呪え」


ミレイナが呪文を唱えながら杖の先端を足元に突き立てる。周囲の壁の再生がピタリと止まった。


「少ししか持ちませが動きを鈍らせる呪いを掛けました」


すぐに走り出す。ミレイナのかけた呪いは俺たちの周りには効果があるようだが五メートルほど先の壁は動きを止めていない。


「すまない、二人とも!」


師匠が言うや否や襟首をつかまれ、前方に投げ飛ばされた。


驚きながらも冷静に着地し、後から投げ飛ばされたミレイナを抱きとめる。


なぜという疑問はすぐに解決した。俺たちを投げ飛ばした後、元居た場所に再生途中のぐにょぐにょした肉のような何かが波のように押し寄せていた。


投げ飛ばされた俺たちは無事だが、師匠は肉に半ば飲み込まれながら叫んだ。


「倒せ!」


助けるために駆けだそうとした足を止める。ただ倒せと師匠は言った。


最強の師匠があんなのに負けるはずはない。


だから——


「ミレイナ、行こう。師匠なら大丈夫」


ミレイナはわずかに俊住したようだが、頷いてくれた。


師匠なら大丈夫だ。それに倒せということは、師匠が俺たちなら戦えると信じてくれたことでもあるはず。


ゴーレムなどは術者を倒せば核が無事であっても動けなくなる。


そうなれば師匠もたすけだせるはずだ。


今度は妨害もなく広間にたどり着けた。そう連続して壁を急激に再生させたりすることはできないのかもしれない。


もしくは俺たちにならたどり着かれても問題ないと思われたか。

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