第14話 障壁③
今夜は雲がなくてよかった。
松明を使わずとも月明かりだけで十分な光量を得られる。
松明を使うとこちらの位置が露見してしまうので、暗闇の中を進まなくてはいけなかった。
だからこそ師匠の特製回復薬を飲んでいるミレイナの顔もはっきりと見えてしまう。
「ルプスも飲んでおきなさい。集中力も上がるから」
師匠が回復薬入りの小瓶を放ってくる。
「いえ、それに頼らなくても俺は十分集中できていますから」
小瓶をそのまま投げ返そうとするが、それよりも早く師匠が言う。
「そんなことはないだろ。魔鉱石を斬るのに集中して疲れていただろ。君が魔術師を倒したいのなら飲んでおきなさい」
見抜かれていたようだ。確かに集中しすぎたせいで頭が重たい気もするが、この回復薬だけはどうしてもだめだ。いくら師匠に諭されたとしても、体力や魔力が尽きない限り飲みたくない。
「なぁ、ミレイナ……」
「私は全快ですので、お気になさらず。それはルプスが飲むべきです」
「……」
まだ名前を読んだだけだったのに、先に制されてしまった。
そのまますっと距離を取られる。
師匠の言う通り確実に強敵である魔術師を倒すのならば全力で戦わないといけない。
少しでもいい状態になるべきであることも理解している。
しかし、このまま考えていても、じきに砦に着く。遠くにうっすらと影が見える。
意を決して小瓶の栓を抜き、一息に呷る。
「——————、——————ッ!」
形容詞難い味が口腔内に広がり、喉を滴り落ちる。
しかし、飲み終わると不思議と体の奥から力が湧いてくる。
効果はいいのだが、もう少し味が良くなってほしい。
俺が回復薬で悶え苦しんでいる様子を横目で眺めていたミレイナがわずかにほっと胸をなでおろしているように見えた。
そのまま師匠に話しかけていた。
「ところでリュウさん、なぜ私たち三人だけで砦を攻略しにいくのですか?」
「それはね、僕ら三人が最適だからだよ」
敵の能力、人数も把握できてない。かろうじてわかるのはおそらくかなり強力な魔術師がいるだろうということだけ。
「僕とルプスなら想定外のことがあってもミレイナさんを守りながら野営地まで逃げきれるからね。それにね、噂を聞いた限りだと大人数で向かうのは危険そうだったから。敵がこちらを操る術など持っていたら同士討ちになる」
噂というのは近づいた人を問答無用で砦の中に引き込むというものだろう。それが精神に作用するのか、物理的に引きずり込まれるのかわからない。
引きづりこまれて帰ってきた人間は今のところ一人もいないそうだ。
「わざわざ中に引き込むからには自信があるんだろうね。絶対に負けないって。けど僕らだって、ミレイナさんが拘束や呪いをかけて敵の動きを制限できるし、敵の魔法はある程度なら僕が相殺する。ルプスは魔法が切れるようになったから防御結界があろうと関係ないしね」
できるだろ?と師匠から視線を投げかけられ頷く。
「————もちろんです。俺は師匠の弟子ですから!」
そんな俺と師匠のやり取りを見ていたミレイナは少し口元綻ばせていた。
「リュウさんとルプスなら確かにどうにかしてしまいそうですね。けど、よく三人で砦へ行くことを騎士様が許しましたね」
騎士様と言われて一瞬誰のことかわからなかったが、すぐに言い争っていた二人の片方だったことを思い出した。
「確かに。あの人、援軍を待って万全を尽くすべき、みたいなこと言ってたからな」
「説得はしてないよ」
「「え」」
ミレイナと声が重なった。
「僕は召喚術を使えるからそれで偵察してくるって。その結果次第で進軍するか援軍を待つか決めようと言ったら傭兵の彼は納得してくれたんだけど、騎士様はなかなか頷かなくてね。だから、軽く剣気をあててお願いしたら、偵察は僕らだけで行くことと、もし砦に引き込まれても助けをよこさないことを条件に許可してくれたんだよ」
それを聞いて思わず顔が引きつってしまった。ミレイナはそうなんですねと納得している。
師匠の剣気は幼いときに何度か浴びたが、一瞬で気を失うほどに強烈な威圧だった。
いまでこそ気は失わないだろうが、身体はすくむだろう。
そんな話をしているうちにしっかりと砦が視認できる位置まで近づいていた。
先頭になっていた師匠が立ち止まるように合図した。
何か嫌な感じがする。それとあと数歩進んだところに魔法の気配がある。
「……結界でしょうか。かなり規模が大きいですね」
魔力に関する感覚が鋭いミレイナが、周囲を見渡す。
「砦を囲んでいるだろね」
「これが引きづりこまれる原因なんですね」
魔力を感知できるようになっていなかったらきっと気が付かなかった。魔力を感知できない状態でこの結界の中に踏み込んでしまったらと思うとぞっとする。
「やはり侵入を拒む感じはしない。むしろ積極的に引き入れようとしているように見えるね。ミレイナさんから見てどう思う?」
「私もリュウさんと同じです。これは内と外を隔てる結界というよりは、もっと攻撃的な……例えば狩場のような気がします」
ミレイナの言った狩場という感覚は納得がいく。
あえて歩いた後を残すことで自分たちの有利な縄張りにこちらを誘い込む狡猾な魔獣と戦ったことがある。この結界はその時の縄張りと似ている。
相手にとって絶対的に有利な場所。
「とりあえず僕が片手だけ結界の中に入れてどういう性質か確かめる」
何気ない動作で師匠は自らの左腕を結界の中に入れた。
結界の効果が発動したのか魔力の気配が濃くなる。
「精神ではなく物理的な干渉か。簡単なほうでよかった」
ずずずと師匠が結界の中に引き込まれている。かなり踏ん張っているだろうに足元の土をえぐりながら少しずつ引っ張られている。
「二人とも、僕の手を握っておいて。このまま砦まで突っ込むから」
ミレイナは助けるべきか迷ったようだが、すぐに差し出された手を握った。
俺も引き込まれつつある左腕をつかんだ。
それを確認して師匠は踏ん張ることをやめた。途端にすさまじい力で結界の中に三人とも引き込まれた。
続いて砦の中で魔力が爆発した。魔力が巨大な手となって伸びてきて俺と師匠、ミレイナを掴んだ。
咄嗟に剣の柄に手を掛けるが師匠に止められた。
「まだ斬らなくていい」
魔力の掌は俺の腕を掴んでいる。利き手ではないので剣を振るうのに師匠はない。
身体が浮いたと思った時にはすでに空中にいた。
魔力の腕は砦の塀を超えるために弧を描いていた。
この頂点に達すると塀の内側が見えた。
「……ッ!」
ミレイナが息を飲む気配が伝わってきた。
それもそのはず。塀の内側にはおびただしい血の跡と高いところから叩きつけられて死んだような人間の死体がいくつもあった。
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