第13話 障壁②

「そんなちんたらやってられるかっ!」


いい気分で野営地へと戻ってくるとなにやら不穏な空気になっていた。


荷馬車に囲まれた円形の野営地、その中央の焚火の傍で言い争っているようだ。


片方は使い込まれて傷などあまり修繕などされていない防具を身にまとっている男だ。国の紋章付きの鎧を着ていないので義勇兵の一人だろう。


「ですが敵の能力がわからないうちは無暗に動けません。援軍を待つべきです」


国の紋章が付いたマントをまとった騎士が言い返す。あの顔は見たことがある。この義勇軍を取りまとめるために国から派遣された人だ。


何度か指示を受けたが、少し気が弱い印象だった。


「いいですか、あの砦は突然何もないところから現れたんです。そして、近づくものは砦から伸びてくる腕に引き込まれてしまう。まだ中から帰ってきた者がいないので何が起こるか分かりません。


———そんな状態で進めば全滅するかもしれません」


「だからって、いつまで待てばいいんだよ!」


「王都からは早くて三日はかかりますから。それまで……」


「こっちは時間が無いんだよ!いいか、俺の故郷の村はな、どいつもこいつも骨と皮しかないくらいに痩せちまってんだ。早く糞魔王を倒さねぇとみんな死んじまう。こんなとこで足止めされている場合じゃねえんだよ!」


ダイヤたちのことが頭をよぎった。声を荒げている彼の村ほどではないけれど、その状況になるのはそう遠くない。焦る気持ちはわかる。


それとは別に疑問が鎌首をもたげた。ここはまだ魔王軍との前線とは遠いはず。それなのにこんな場所に砦を作るのは意味があるのだろうか。


「敵には相当に優秀な魔術師がいるようですね」


後ろから声がして振り返ると師匠が立っていた。しかも、太刀も背負っているし、魔力を込められ耐久力の上げてある上着を羽織っている戦闘態勢だ。


「おそらく義勇軍を足止めするつもりでしょう。向こうは時間を稼ぐほどに有利になります。魔物や魔人は魔力さえあれば食べなくてもそれなりに生きていいられるらしいですし。前線が膠着しているのは単純に勇者やこの国の人々の力でもあると思いますけどね」


俺の疑問に思ったことに対して的確に教えてくれるのはいいが、まるで俺の心を読んでいるみたいだ。さすがは師匠だ。


「なるほど。それは分かりましたが、師匠。なぜ完全武装なんですか?」


「これから砦を攻略しに行くからさ」


師匠の姿を見た時から薄々そんな気はしていた。


「さ、ミレイナのところで準備してきなさい。その間に僕は彼らに話をつけるから」

「まさかミレイナも一緒に行くんですか?」


件の砦がかなり実力のある魔術師の根城ならば、そこに踏み込むこと自体が危険だ。

正体もどういった魔術を使うのかも不明なら身を守るだけでも難しい。


「模擬戦闘で戦って彼女の実力は分かっているだろ?確かに実践慣れはしていないけど充分に戦えるさ。それに僕がサポートするから心配はいらない。ルプスは砦の主との戦いに集中しなさい」


「……わかりました」


師匠が傍にいるなら不測の事態にはならないだろうし、そこまで言われては引き下がるしかない。


すぐにミレイナのテントへ向かった。


テントからは明かりが漏れている。


「ミレイナ、いるか?」


「あ、ルプス。丁度よかった。入ってきてください」


テントの中に入った途端、何かの花の香りがした。


座っているミレイナも杖こそ床に置いているがいつでも戦いに行けるようになっている。


そして、彼女の前には俺の使っている防具が置いてある。


「術の付与が今終わったんだ。とりあえずつけてみて」


差し出された見慣れた防具一式。防具と言ってもブレストプレートと小手、膝あての三つだけど。


一見、何の変化もないように見える。多分、魔法を斬れるようになる前の俺だったら気が付かない。


数種類の強力な術が防具に付与され、内包する魔力でわずかに光って見える。

身に着けると驚くほどに軽い。


「一体、どんな術を付与したんだよ」


「軽量化と耐久力、防御力の上昇とか色々役に立ちそうな術だよ。あと、仕上げに——」


すっと立ち上がって近づいてくる。距離が近づくとテントに入った瞬間に感じたのと同じ花の香りがした。


なぜか動悸がわずかに早くなるが、顔には出さないようにした。


ミレイナは右手を俺のブレストプレートにあてがう。


「加護と祝福を。前へ進むための勇気を」


彼女が短く唱えた時、何かが防具に宿った気がした。すごく小さいけれど温かい何かが。それはすぐに認識できなくなった。


「今のは?」


「幸運のおまじないです。昔、祖母を訪ねてきた方が教えてくて、それをさっき思い出して。私、敵を倒せませんけど、少しでもお二人の力になりたいんです」


その瞳には師匠とは別の、けれど同じ強い光が宿って見えた。


ずっとミレイナは前線に出なくてもいいのにと思っていたけれど、それでも彼女が前へ出るのはそれが彼女の戦いだからなんだろう。


俺の知らない強さだった。


「ありがとう。砦では師匠が傍にいるからミレイナは全力で支援してくれ」


「もちろん、そのつもりです。けど、私だって身を守るくらいはできうので。リュウさんが防ぎきれなくてもなんとかなりますから」


「ミレイナの防御が硬いのは知ってるよ。それに師匠が攻撃を防げなくなることはないよ」


師匠だって生きている。体力が尽きれば剣も動きも鈍るだろう。最強の師匠でも百回中一回くらい防げないかもしれないけど———。


「俺が魔術師を倒すから」

















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