第9話 模擬戦闘と感覚②

もう何度目かわからない。


地面から突き出した岩を避けた先に仕掛けてあった風魔法の爆発で吹き飛ばされる。


即座に地属性と風属性の憑依召喚を切り替える攻撃にも慣れてきた。


吹き飛ばされながらも剣を地面に突き立て、急制動をかけることで地面を転がるようなことはない。


それでも隙が多いことに変わりはないのだが。


日はそろそろ沈もうとしている。この模擬戦闘で切り上げるだろう。


何が何でも一本取る。


「ミレイナ!」


「全力で止めます!」


地面から何本もの鎖が生え、師匠に巻き付いた。拘束系の魔法だ。


ただ動きを止めるのではなく、魔力の流れを乱す効果があるらしい。その効果は魔法使いにとっては嫌なものだ。


特に俺や師匠の使う憑依召喚は体内の魔力を使うので、術の発動速度や威力に大きな影響がある。


魔法攻撃が一切来ない今が最初で最後の勝機。


「おぉぉぉッ!」


地面を強く踏みしめ、一気に加速して距離を詰める。


身体能力の強化時の自分の力にも慣れた。間合いを見誤ることはない。


「拘束した上に魔力まで乱すとは、いい術だ」


余裕を持ったままの表情だった。魔法を封じても動じることはない。


もっと速くと、思った。師匠の様子を見て自然と浮かんできた。もっと速く駆けて師匠に一撃を入れないといけないと。そうしなくては、俺は負けるという確信めいた予感がある。


有らん限りの全力で残りの距離をかける。


それは間合いに納める寸前だった。


「召喚:ストーム」


師匠から流れる魔力を軸に周囲の魔力が集まり形を成す。集中していたからか、普段は感じることのないそれを子細に感じ取れた。


召喚されたのは前に見たことのある風の召喚獣だ。しかし、形がはっきりとしていない。風の魔力が辛うじて大鷲の形になっている。


術を失敗したのか、あの師匠が。ありえない。


一瞬浮かんだ考えを即座に否定する。


大鷲が羽ばたき風の刃を飛ばした。それだけで召喚獣は形を維持できなくなり、召喚術が解除され消える。


この時点で召喚獣は役目を果たしていた。


放たれた風の刃は師匠を縛っていた鎖を切り裂いた。


「うおおおおおぉぉぉッ!」


強く踏み込んで上段から剣を振り下ろす。限界まで腕を伸ばし、間合いを広げる。


師匠の方がわずかに勝った。後ろに飛んで距離を稼がれる。切っ先は惜しくも届かずに服を掠めた。


諦められるか!


心の中で叫び、地面を割らんばかりに強く踏み込み離れた分の距離を詰める。


すっと師匠が掌を俺に向けた。魔力が掌へ集中し、火球を作り出す。


「憑依召喚:サラマンダー」


火球が放たれる。間合いを詰めることに必死すぎて回避できる距離ではない。


無理に躱せば師匠はさらに距離を取って自身を間合いに入れさせることはないだろう。


すでに疲労は限界に近い。喰らえば俺は動けなくなる。



ならば———


この魔法を斬ればいい。



突拍子もない発想だ。ぎりぎりの状況と今日一日戦い続けで、おかしくなったのかもしれない。


けれど、魔法のどこを斬ればいいか、どんな風に斬ればいいのか、わかった。


斬れるという確信がある。


迫りくる火球の一点。魔力の質が違うところがある。


火球の中心部分。


左下からの切り上げる。


本来なら触れた瞬間に炎で焼き尽くすはずの火球。


実体を持ってもいない。しかし、確かにそれを斬れた手ごたえを得た。それと同時に火球は霧散し、魔力の粒子へと戻った。


初めて師匠の表情が変化した。


驚き、ではない。


喜びに満ちた獰猛な微笑み。


思わず身体が竦む。それほどに迫力のある気配を纏っている。


僅かな隙。戦闘中には致命的な隙だ。


師匠が掌を向けてきた。もう一度火球が放たれると読んで、意識を集中させる。


一回目で魔法を斬る感覚は理解した。次も絶対に斬れる自信がある。


掌に魔力が集まっていき———


魔力が火球を形作る、という寸前で俺の腹の辺りで魔力が爆ぜた。


「ごはぁっ⁉」


予想外の攻撃に受け身を取れずに吹き飛ばされた。


地面に強かに背中を打ち付け息が詰まる。


立ち上がろうとしたが頭がくらくらして、うまく立てない。視界が不規則に明滅する。


どうやら呼吸を忘れていたようだった。多分、魔法を斬る寸前からだろう。


「そこまで。今日は終わりにしよう」


師匠の内にあったサラマンダーの魔力が消えた。


終わりにすると言われた途端に力が入らなくなってその場に倒れ込んだ。一日中、最強の師匠を相手にした上に最後の攻撃は全力だった。


今日は動ける気がしない。


「ルプス、魔力の感知ばかりを考えるな。動きが鈍っていた。呼吸をするように自然にできるようになれ。あとは———最後の感覚を忘れるなよ」


師匠はいつものように指摘したが、最後の部分だけは褒めていた。


わかりずらいが若干、声を弾ませていた。俺ができることが増えると自分のことのように喜んでくれる。

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