第8話 模擬戦闘と感覚①

「はぁー……」


抗いがたい欠伸をかみ殺す。


あまり眠れなかったうえに石を斬る方法は思いつかなかった。


訓練にちょうどいい場所へ向かう道中で、そこまで危険はないが気が緩んでいるのは問題だ。


師匠が前を歩いてくれていてよかった。もし横を歩いていたら今頃、こぶしの一つでも飛んできていたはずだ。


「あまり眠れなかったんですか?」


横を歩いていたミレイナが聞いてくる。


服装が昨日とは少し違っていた。胸当てなど鉄製の防具が増えている。それと黄昏色の宝石が埋め込まれたペンダント。


「……?」


何か、魔力を感じたような気がした。それはすぐに感じ取れなくなってしまった。


「この程度寝不足にもならないし、ミレイナは元気そうだな」


「しっかり眠れましたから」


そんな会話をしていると広い場所に出た。街からそこそこ離れた、海にせり出ている崖。海と街が一望できる。


「今日はこの場所で模擬戦闘を行おうか」


思わず口角が上がってしまった。師匠が魔法だけしか使わないといってもかなり強い。


そんじょそこらの魔術師よりよっぽど戦える。


「模擬戦闘……。えっと、私、回復と援護以外はあまり使えなくて」


「大丈夫、戦うのは僕とルプスさ。ミレイナさんはルプスの援護役。僕は全力で戦う

から頑張って一本取ってくれ」


僕らから距離を取るために師匠は歩き出す。


「ミレイナ、使える魔法を詳しく教えて」


「身体能力の強化、治癒、防壁の付与、あとは拘束とかの呪い系統……攻撃は威力の弱い炎弾くらいしか。本当に戦うの?」


「もちろん、師匠は実践形式で教えるからね。抜き身の刃は使わないし魔法も威力は落とすから……当たっても骨が折れる程度で済む」


それからお互いに使える術や技を説明しあった。


「……体内に精霊の力のみを召喚し魔力の消費を減らしつつ、術の発動まで時間を短縮する。にわかには信じがたいですね」


「それを言うのならミレイナの術も。自分にかけられない代わりに限界を超えさせるって」


「それはその、ほんとに言葉の通りで、どんなに疲れていても怪我をしていても全力を出せるようにします。ただし、効果が切れると反動で動けなくなります」


随分と使い道が限られそうな力だ。一対一の状況以外で使えば死は免れそうにない。


「普通の身体強化も出来ますよ。限界を超えさせる術はあくまで最終手段です」


「それなら今日は普通のでよろしく」


「わかりました。拘束や呪いのタイミングはルプスの攻撃に合わせます」


「無理して合わせなくてもいいから、身を守ることと身体強化に集中してくれ。師匠

なら間違いなくミレイナから潰しに来ると思う」


話を終え、師匠と向き合う。


師匠はすでに広場の端に立って、俺たちの準備が終わるのを待っていた。


「いつでも始めてくれて構わないよ、ルプス、ミレイナ」


ミレイナの前に出て、鞘に納まったままの剣を構える。


「身体強化」


体が軽くなったように感じた。身体強化の魔法の影響だ。この感覚なら三歩で剣の間合いに捉えられる。


師匠は余計な力が入っていない自然体で立っている。その手には太刀を握っていないにも関わらず、踏み込めば一瞬で斬られるという確信がある。


それは幻覚だ。今の師匠は魔法しか使わないと言った。それに訓練であるとも。ならば自分に課した魔法しか使わないという言葉を守る。


風が吹いた。その風に乗って木の葉が一枚、地面へと落ちていった。

瞬間、俺は走り出した。


師匠の召喚獣の属性は四つ。そのどれを使ってくるかはわからないが、憑依召喚では一度に一体しか召喚できない。


そして、外見からではどの属性を使ってくるかは読めない。


だから、魔法を使われる前に一気に畳みかけて初撃で終わらせる。


俺一人では難しいが身体能力の強化がされている今ならいける。


大地を蹴る。力みすぎずされど、しっかりと前へ進むために。

ミレイナの術は予想以上だった。


三歩で間合いに捉えられるはずの距離がたった一歩で縮まった。


これが例の限界を超える術でないというのが信じられない。


想像以上の力で目測が狂ったが、身体に染みこませた動作で剣を振るった。


一瞬、師匠と視線が交錯する。俺が一足飛びに間合いに踏み込んだのは師匠としても


予想外だと思ったが、動揺も驚きもない。いつも涼やかな微笑みさえ浮かべていた。


背中にぞっと寒気が走る。振るっていた剣を強引に引き戻して体の中心線を覆うようにして守る。


遅れて大気が爆ぜた。


見えない何かが剣の腹に当たり腕に衝撃が伝わってくる。


あえてその場に踏ん張らずに後ろに飛んで力を逃がす。


着地すると同時に右へ思いっきり飛んだ。またしても思っていた以上に飛んでしまった。


直後、立っていた地面に穴が開いた


師匠の風魔法だ。風の召喚獣、大鷲を憑依させることで使用できる。斬るという概念を付与した風を操る魔法。目に見えない風の刃の切れ味はそこらの剣よりも鋭い。


しかし、本当に恐ろしいのはそれ以外の使い方をすることだ。


今のようにあえて作り出した風の刃に魔力を一気に大量に流すことで、暴走させる。


暴走した魔法は自壊する際に込められた魔力を外へ放出する。それが師匠の攻撃の正体だ。


事前に察知するためには、魔力を感知するしかない。


「きゃっ……⁉」


悲鳴が聞こえた。ミレイナの防壁が師匠の魔法を防いだところだった。


続けざまに風魔法が暴発する。防壁が削られていく。


移動しようにも攻撃を受け続けていれば防御に専念するしかないだろう。


彼女が削りきられる前に師匠を倒すしかない。


ミレイナのほうに移りかけた意識を師匠へと向ける。


二回の移動で大体の力加減は分かった。今度は全力で一刀のもとに切り伏せる。


「愚か者。集中を切らすな」


師匠がそういうと同時に目の前で魔法が爆ぜた。


不意打ちのそれに抗うすべはなく、無様に吹き飛ばされ地面を何度も転がった。



立ち上がらねばと思っても、体に力が入らない。吐き気と眩暈がする。


「魔法使い相手に、しかも風魔法を使う相手ならば魔力を常に意識しなさい。実勢な

らば頭の中身をまき散らしていたぞ」


師匠からの指摘を聞きながら返事の代わりに小さくうなずいた。


「強く当てすぎたかな。——ミレイナさん、も丁度いいね。一旦休憩にしようか」


バリンと、ガラスが割れるような音がして、ミレイナの展開していた防壁が砕け散った。

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