第5話 港町

出発の挨拶をするために村長の家へと朝一で向かった。


爺さんがどんなことを考え、思ったのかは定かではないが無言で一枚の羊皮紙を渡してきた。


「国から直接届けられたものだ。討伐軍志願者が集まる場所についても書いてある。

———死ぬなよ」


儂はともかく村の子らが悲しむからな、と。


受付のある港町はこの村からも近く、一日、急げば半日あれば辿り着ける程度の距離だ。


商人の護衛や、村の人たちの用事の手伝いで何度か来たこともあった。


日が真上になる頃に、街についた。


森の空気とは違う、磯のかおりが鼻腔をくすぐる。


隣の大陸との交易の窓口でもあるため、騒々しく活気があふれている。


「ルプス、討伐軍の募集はどこでやっているのかな?」


「コンドル商会の商館でやってるみたいですね」


師匠は普段のゆったりとした服の上から、頭の先からひざ下までのローブを纏っている。


エルフだということがバレると色々と面倒なことがあるからだとか。


今の姿は剣士というよりも魔術師に見える。


「では商会に向かおうか。案内は任せるよ」


記憶の通りの活気にあふれた街を歩く。石造りの街並みに笑い声が響く。


ただ商店が並んでいる通りを歩く人は、武器を持った人が増え物々しくなっていた。


そうして隘路を進んでいくと噴水のある広場に出る。


噴水を挟んで反対側に立派な館が建っている。


「師匠、あの館です」


「そうか。……それにしてもこの街は随分と大きくなっているね」


「昔から発展していたんじゃないんですか?」


俺が初めて訪れた時から大きな変化は無いように感じる。


「ああ、僕がこの辺りを訪れた頃はこんなに大きな広場はなかったし、建物も石やレンガ造りではなかったよ」


「いつの話ですか」


「百年くらい前かな。———磯の香りに混じる香草焼きの匂いは今もするのか。変わらない味があるのはいいことだね」


匂いだけで味まで判断できるのか疑問だ。


師匠のような長命な人の感覚はよくわからない。


商館に入って受付をする。


しかし、そこで予想外のことが起こった。


とりあえず、昼食をとるために隣に併設された酒場の端っこの席を陣取り、料理を注文する。


メニューにはさすが大陸を跨ぐ商会、その直営だけあって知らない料理の名前が多かった。


名前と少ない説明文から外れではなさそうなものを注文する。


「師匠、あと一人どうしますか?」


受付で三人組を作っておいてほしいと言われた。


これから行う戦闘訓練や実際の戦いでも基本的に三人以上で連携を取るということだった。


できることなら師匠のこと素性を知られるのは避けたい。


「そうだね、僕ってことがわかると面倒だからね」


師匠はさっそく届いたライム水——ライムのしぼり汁を混ぜた冷水——が並々と注がれたジョッキを傾けている。


「ルプスは組むならどんな奴がいいと思う?」


「そうですね・・・俺と師匠が前衛なので後ろから攻撃できる魔法使いか弓使い。それか補助魔法や治癒魔法の使い手が無難だと思います」


剣士を入れてもいいかと思ったが近距離で連携を取ろうと思ったら合わせるのは難しい。それなら後衛と連携の方が取りやすい。特に補助や治癒を使うならあまり気にしないでいい。


「なるほど・・・僕は後ろから魔法で援護するから、補助や治癒の使い手がいいね」


料理が運ばれてくる。鶏肉の入ったシチューを前にしながら、俺は驚きで食べている場合ではなかった。


「師匠、剣を使わないんですか?!」


「僕が戦ったら君の成長する機会を奪ってしまうだろ。それに太刀を振るっているところを見られたら気づかれるかもしれないだろ。この辺だと僕の武器自体珍しいから」


「そ、それはそうですけど・・・」


師匠の実践での剣を間近で見れると思っていたので残念だ。稽古で打ち合ったことはあっても実践のそれとは違う。


「変わらずに稽古をつけるからそう残念がるな」


さてと、と師匠は料理に手を付けずに立ち上がった。


「一人いい子を見つけたから連れてくるよ」


「へ?」


ちょっと待ってて、と言い残して師匠は、自分たちが座っている壁際から見て反対側へ歩いて行った。


人が多く師匠の姿を見失った。


独特な味と匂いのするシチューを食べながら待つ。


皿を半分ほど空にしたところで師匠が人を連れて戻ってきた。


ふわりとした灰色の外套を纏った少女だった。背中に身長と同じくらいの杖を背負っているところを見ると術師だろう。


この人が師匠が目を付けた魔術師なのか。


師匠が目を付けたのだから、いかにも熟練の猛者のような人だと思っていた。


困惑した表情を浮かべている。多分、俺も同じような表情をしている。


「とりあえず座って」


「えっと、し、失礼します!」


少し上ずった声だった。


彼女は俺の対面の席に座り、代わりに師匠が俺の横へ腰を下ろす。


「ルプス、彼女は僕たちとパーティーを組んでくれるミレイナさんだ」


「ミレイナ・サーティスです。治癒と援護の魔法が得意です。よろしくお願いします!」


しっかりとお辞儀をして挨拶してくれた。


顔立ちは幼い。歳は近そうな気がする。


ローブと似た鈍色の髪を二つに分けて縛り、それが動くたびにウサギ耳のように撥ねる。


「えーと、ルプス、だ。性はない。弓とか槍も使えるけど剣が得意、です」


ミレイナの緊張が伝染したのか、声が上ずってしまう。思ったように喋れなかった。

なんとなく気まずい沈黙がその場に流れる。


喋った方がいいんだろうけど、何を話そうか迷う。


そんな沈黙を破ったのはミレイナでも俺でもなく師匠だった。


「まったく何を緊張しているんだい、ルプス。村の人たちと話すみたいでいいんだよ。悪いね、ミレイナさん。こいつ、どうやら君を意識してしまっているみたいでね」


「師匠!?」


「狭い環境で育ったからね、年の近い友人が少ないんだ。仲良くしてくれると助かる」


すごく恥ずかしかった。戦闘中に予想外のことが起きてもここまで動揺してしまったのは数回しかない。


もしかして、これが前に行っていた精神干渉魔法に対する鍛錬なのか。


「い、いえ。私も同年代の友達は少ないので・・・その友人となってくれるのはうれしいです」


はにかみながらそんな風にミレイナは言ってくれた。そして、すっと手を出した。


握手を求められているのだと理解するのに数秒かかった。


少し照れながらも戦いの場での初めての友人の手をしっかりと握った。


「それじゃ僕も改めて挨拶しようか」


少し嫌味な笑みを俺に向けた師匠が楽しそうに言う。


「僕はリュウ。ミレイナさんのように回復や援護の魔法は使えないけど、攻撃魔法なら任せてほしい」


やっぱり剣を使うつもりはないんですね、と心の中で呟く。


「パーティー結成を記念して料理を頼んでおいた。僕が払うから二人とも存分に食べてくれ」


ついでとばかりに言うと、丁度よく追加の料理が届けられる。


「え、でもこんなに」


自分も払うと言おうとしたのだろう。


しかし、ぐうぅとかわいらしい音がミレイナの腹から鳴った。


顔をトマトのように真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。


「景気づけだからね。遠慮しなくていいよ」


師匠はなんて事のないように言いつつ、料理に手を伸ばしている。


「ご馳走になります・・・」

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