第4話 魔王の伝説

十年前、突如として暗雲が空を覆いつくした。


どこからともなく声が響いた。


曰く、魔王ガリオロは復活した。これより千年前の戦いを再開する、と。


その声明の後すぐに魔族、魔獣が封印の地から大地を割って這い出てきた。


それから十年、魔王自身が動くことはないが前線では、魔族と人間の激しい戦闘が日夜行われているそうだ。


強力な魔族、魔獣相手に拮抗できているのは千年前の情報に魔族、魔獣への対応策があったからだとか、現代の戦士の方が強いからというような噂があったが、真相はわからない。


「では、原因を取り除こうか。ルプス、光の召喚獣を。魔力ではあるが、水を汚染する毒であることには違いない」


「わかりました」


憑依召喚ではなく普通に召喚する。


俺が召喚獣として使役できるのは火属性のサラマンダー、水属性の蛇、そして光属性の小さなドラゴンの三種だ。


憑依召喚は召喚獣の力を自身の力として使えるので、本来ある召喚獣へ指示を出す段階を飛ばせる。戦闘では役立つがその分、出力が下がってしまう。


しかし、今回は泉を浄化するだけなので召喚獣本来の力を存分に使える召喚の方が都合がいい。


俺の右肩の上に光の粒子が集まり一匹の小さなドラゴンを形どった。


「くりゅぅぅぅ!」


かわいらしい見た目と鳴き声だが、魔力の出力は手持ちの召喚獣の中で一番だ。俺はドラゴンにヒカリと名付けている。


「ヒカリ、これを浄化してくれ」


「くりゅぅ!」


ヒカリは返事をするように鳴いた。肩から飛び立ち、泉のすぐ傍に着地する。


そして、大きく息を吸うように上体を持ち上げ———


「——ッ!」


黄金色のブレスを魔獣を生み出す泉へと浴びせかけた。


淡い紫の光に包まれていた洞窟内が、一気に明るくなる。


どんなドラゴンでも共通しているのはブレスを吐き出すための器官があることだ。

ヒカリの属性は、光。


攻撃力は低いが、毒、呪いを浄化したり、体を活性化させ回復力を上昇させることができる。


黄金色の炎が泉の水を蒸発させていく。


波打ち、ぐつぐつと煮えたぎる。


その様子が俺には泉の水が浄化されまいと暴れ狂っているように見えた。


数十秒の間だったが、それ以上の時間がかかったように感じる。


ヒカリがブレスを吐き終えると、泉の水は澄んでいた。怪しい気配もなくなっている。


ふんすと、得意げな顔で見上げてくるヒカリの頭を撫でてねぎらいつつ、召喚を解除する。


「師匠、他はどうしますか」


泉の水は浄化したが、まだ洞窟内に汚染された水を吸収した苔や骨が残っている。


「放っておいていいよ。あれに含まれる魔力は僅かだ。元を絶った後なら自然に消えるさ。問題は魔王が生きている限り、また汚染される可能性があることだ」


「……今度は村の人たちに犠牲が出るかもしれないんですよね」


「ああ、今回のはまだ獣に近かったが、完全に魔獣と化していたらあの村は滅んでいただろうね」


一瞬、頭の中をよぎったのは魔獣に食い散らかされ誰だかわからない死体。


そんなものは見たことないが鮮明に想像できてしまった。


来た道を戻ると心なしか苔や骨の怪しい輝きが弱くなっており、息苦しさもない。


師匠が言ったように元を断ったことで力が弱まったようだ。これなら新しい魔獣が生れることもなさそうだ。


外に出るとすでに日が沈み始めていた。


真っ赤に染まる空の下を歩きながら、俺は意を決して師匠に言った。


「魔王を討ち取りましょう」


師匠がぴたりと歩みを止めた。背中を向けられているので表情は見えない。


「師匠、俺と一緒に討伐軍に参加してください」


俺一人では魔王を倒せるとは思わない。師匠は褒めてくれたがなりかけの魔獣でさえ仕留めるのに時間が掛かってしまった。


師匠が本気で剣を振るったのなら一太刀で仕留める相手に。


「……」


長い沈黙があった。じっと師匠の返事を待った。


「なぜ、突然討伐軍に参加したくなったんだい。いや、言い方を変えようか。

 ———ルプス、なんのために戦う?」


こちらを振り向いていないのに、鋭い眼光で射抜かれたような気がした。


爪が刺さるほどに拳を握りしめ、怯んだ自分を鼓舞する。


「村の人たちを守るために」


俺は自分の気持ちをそのまま言葉にして吐き出した。


「もし魔獣が現れて村の人たちを皆殺しにしたら、俺はきっと後悔する。


みんなに死んでほしくない。村長だってまだまだ元気でいてほしい。


ヨーク、ダイア、オニキスにはいつも元気に遊んでいてほしい。


———力あるものは、力ないものを守るために剣を振るえ。


そう教えてくれたのは師匠じゃないですか」


「……」


少しの間、師匠は何も言わずに黙っていた。師匠から発せられる重圧はその間も弱まることはなかった。


日が落ちてかけている。


燃えるような色をしていた空は深い藍色に変わっていき、星が輝きだす。


師匠からの圧がふっと消えた。


「その答えであれば……及第点だな」


振り返った師匠は優しい表情を浮かべていた。


「明日、日が昇るころに出立するぞ。必要なものは用意しておいてくれ」


「はい!」


家についてからは忙しかった夕飯を作り、湯を沸かし、旅をするための準備をする。


寝る前には長年使いこんでいる愛剣の手入れをしてから、横になった。


村の人達を助けるためではあるが、久しぶりに森を出て旅をすることに少しだけ気持ちが逸った。

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