第三十四話
「ひとまず奥へ運び込んでください」
その上で、結界を張っておく、と晴明は煉と紫月に言う。
「神さん達への連絡はどうしようか?」
「……一応、しておきましょう」
「分かった。連絡はボクに任せたまえ。煉、カイルを」
紫月に言われて煉は頷き、晴明の案内の元、カイルを奥へと運び込む。
そして晴明は手早く強固な結界を張るために準備を整えてカイルから闇が漏れ出しても世界に影響が出ないように強固な結界を張った。
「ヤトさんから連絡がありましてね、西の方でも彼の弟子の一人が行方不明。西の第九の書も持ち出されていたということです」
「……霧野は」
「彼の思いつきじゃないだろうね。もっと、別だと思う。それじゃあボクは連絡してくるよ」
じんわりと、布団に横たえたカイルの体からはっきりと、黒い靄のようなものが滲んで揺らぐ。
同時に、カイル自身の表情も苦しげなものに変わる。
光の属性を持つカイルに、闇が入り込んでいるのだ。
普通とは比べ物にならない苦しみだろう。
晴明はカイルを寝かせるまでに散った闇を祓っていく。
少しでも残せば後々になってから多大な影響が出るであろう。
「間違いなく、大河はすっ飛んでくるでしょうしねぇ」
まったく、羨ましいことこの上ない、と晴明は溜息をつく。
だからこそ少しでも屋敷のそこかしこに散らばる闇を祓わなければならないのだ。
まだまだ分からないことだらけ。
カイルが倒れている今、自分達に何が出来るのだろう。
「さて、これくらい念入りに祓っていれば大丈夫でしょう。本当に、カイルもくそったれな人生を用意されているものですね……」
と、晴明はカイルに同情を禁じ得ない。
「おや……」
不意に、晴明は気配を感じて玄関を出る。
「随分と早かったですね、大河」
その後ろには神、祭、ハデスがついてきている。
紫月の姿が見えないということは彼女自身、何かを探るためか神達にカイルの件を速報で伝えた後、別れたのだろう。
晴明の後ろから煉が出てきた。
「む……お嬢はどうした。大河」
「あの女なら飲みつつ情報収集をすると言っていた」
やはりか。
煉は晴明達に一声かけると、紫月を探しに行くため晴明神社を後にした。
「それで晴明さん、カーくんは大丈夫?」
「この私がわざわざ来てあげたんだからね。もちろん、大丈夫なんだよね?」
どうやら紫月は本当に連絡をしただけで、カイルがどうなったのかさっぱり話をしていないと見た。
カイルについて、自分の口から説明するのかと思うと、晴明は深く溜息をついた。
実際には紫月がカイルの誘拐を止めてくれたというのに。
なんという丸投げ。
「あー……えっとですね、まぁ、実際に様子を見てもらった方がいいですかね……」
「貴様。どういうことだ?」
何やら奥の方から嫌な気配がすると大河は呟く。
「晴明様。もしやカイル様は……」
「えぇ。紫月さんが間に入りましたが、一歩遅かったようです。お守りも、どうやら効果なく。まぁ……闇を閉じ込める結界を強固なものにするのに効力を発揮したって所ですね」
奥へと誘われるが、大河は一歩進むごとに眉間にしわを寄せる。
神様である分、結界を施しているとしても大河には奥から感じる空気が良いものではないとすでに察知しているらしい。
平然としているのは神と祭、そしてハデスだ。
「ちょっと晴明。もしかしてカイルくんを助けられなかったって言うこと?」
「えぇ、そうです。紫月さんが駆け付けた時にはもう……。相手は何をしでかすつもりかは分かりませんが」
「この空気……。どうやらカイル様は依り代とされたようです」
「依り代? ねぇねぇパパ、依り代って何?」
依り代。
意味としては神霊が寄り付くものであり、神霊は物に寄りついて姿を現すための媒介というものである。
「じゃあカーくんには、神様が憑いちゃってるの? あれ? でも神様って悪い神様もいるけど良い神様じゃないの?」
「全てが全て良い神というわけでもないぞ。祭。祟り神などは災厄だからな」
「つまりカイルくんに憑いているのは祟り神の類ってこと?」
そこまではまだ分からない、と晴明は言う。
やがて最奥に到着し扉を開いた。
「っ、俺は……これ以上は無理だ……」
大河はこれ以上、カイルに近付くことが出来ないと後ずさった。
結界に封じ込められているとはいえ近付けばこの身に穢れを纏うことになると大河はカイルの横たわる部屋に入ることを断念した。
心配ではあるし様子を確認したい気持ちはある。
だが、体が拒否反応を示すのだ。
神、祭、ハデス。
そして晴明だけが部屋へと足を踏み入れた。
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