第三十二話
その頃……行きの空港でも思い出したくないほど、散々な目に遭ったカイル。
中に怪しげなものが映っていると整理整頓の行き届いたトランクの中身をひっくり返されたり、横に座った男が実はオネェで言い寄られたり。
日ノ国の空港に到着するなりレアケースなハプニングで爆弾を仕掛けたと言い出す馬鹿がいて、偶然、爆発物をトイレで見つけてしまい犯人をひっ捕らえ空港職員を戦慄させたり、電車に飛び込もうとした馬鹿を必死の思いで止めたり……。
「何で、こんなに疲れてんだよ。オレ……」
早く神社に戻って、ゆっくりしたい。
出来ないだろうが。
「やれやれ。あと少しで……」
不意に、違和感に気付いた。
誰かに見られている。
ほんの一瞬、空間が揺らいだのが視えた気がした。
それを視ることが出来るのも、カイルが持つ“幻視の瞳”があるからこそ。
先程まで柔らかな風が吹き通っていたというのに、突然、肌を突き刺すような寒い真冬の季節に放り込まれたような感覚。
全身が、泡立つ。
「誰だよ。……出てきやがれ」
先程までたくさんの人が商店街にいたにも関わらず、人の声が一切しない。
どうやら結界の中に閉じ込められたらしい。
「出てこねーなら、結界をぶち壊してやる……!」
ハデスとの戦いの後もしっかりと少ない時間で自身の魔術に研究を加えていた。
この程度の結界を破ることが出来ない程、出来損ないの魔術師ではない。
カイルは相手に力が跳ね返る程の力を込めて光の魔術を放ち、結界を破壊すると同時に走りだした。
向かうは安倍晴明の邸。
ここからは離れているが、これでも脚力と体力、そして気力には自信がある方だ。
また、ヤトが言っていた。
何か起こった時は儀園神社ではなく安倍晴明の邸へと。
「さすが師匠だぜ……!」
普段、自分からヤトを褒めることなど何一つしない相手であるが、時折、やはり褒めることをする。
今回もだ。
兎にも角にも安倍晴明の邸に―――逃げ込むのはプライドに反するが―――今回に限っては逃げ込むが勝ちなのだ。
「残念やったなぁ」
聞き覚えのない声だ。
ぞわり、と体全身を寒気が襲う。
「後もうちょーっと、足りへんかったわ」
次の瞬間には、カイルの周囲を闇が覆った。
闇の中から姿を現したのは金髪の青年。
「その気力、脚力、ほんで魔術を破る力も行使する力も申し分ない。ほんま、リっちゃんが天才っているんやって言った程のことはあるなぁ」
「誰だ。テメー」
カイルは青年を睨みつけたまま目を逸らさない。
「んでもって、猫やなぁ」
「誰が猫だコラ! テメー何もんだ? この魔術、どう見ても魔術協会で覚えたもんだろ」
「おぉ。ほんますごいな。他の所知らんクセに一発で魔術協会のやと分かるんや」
だから誰だとさらにカイルは相手に噛みつく。
「俺? んー、そーやなー。名前、いくつかあるしなぁ。ま、ここは日ノ国やし、こう名乗っておくわ。霧野 零や。よろしゅう」
とはいえ、と零が言葉を続ける。
「悪いけど、器になってな。リっちゃんには悪いけど離れてもろたし。器確保しとこって思ってなぁ。あんたくらいしか器になれんやろうし」
器とはどういうことか。
この闇は一体。
聞き出したいことはたくさんあるが、本能がカイル自身に危険だと告げている。
「悪ィけど、器って言われるほど大きな器とまでうぬぼれてねェんだよ。答えろよ。テメーは一体、何なんだ」
魔術協会の魔術の使い方で、それとは大きく違う魔術―――大きな闇。
「言うたやん。霧野 零やって。―――汝、闇に堕ちよ。その体、差し出さん」
周囲を覆っていた闇が、一層、蠢いて咄嗟に光の魔術を行使するカイルよりも早く纏わりついた。
「っ、」
冷たいような、熱いような。
何が何だか分からない、自分が自分でなくなるような感覚がカイルの全身を覆った。
まるで体の中を少しずつ浸食していくように、何かがカイルの体の中へと入り込んだ。
カイルは一瞬でそれが闇の呪いだと気付いた。
「っ、これ、テメッ……!」
「ほぉ、気付いたんや。やっぱ天才やなぁ。でも、もう遅いで」
光と闇。
相反する属性がカイルの中でぶつかり合う。
思った以上に、自分の光よりも闇の方が強い。
「何度か言うたけど、器になってな? 光の魔術師クン」
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