第三十一話

 分かってくれるだろう、と聞かれて大河は肩を落として頷いた。

 晴明や紫月では自分は喧嘩腰になってしまうし、二人は迂遠な言い回しをする。

 だからこそ、ストレートに物事を言うことも出来れば、神は無理でも祭を説得することが出来るのは大河かカイルくらいだ。

 そのカイルは今、日ノ国を離れて遠く彼方。


「いいだろう」


 レイキ会の思惑が何であれ、とにかく探し物を捜索して見つければいいだけの話だ。


「さすが私の大河ですね!」

「貴様の物になった覚えは微塵もない。離れろ、気持ちが悪い」


 真顔で晴明の顔面に肘鉄を喰わらわし、大河は紫月に続きを促す。

 苦笑しながら紫月は煉に説明をするように言った。

 普段は物静かな煉。

 しかし、調査の手腕は紫月も認めるレベル―――恐らく煉を手元に置いた時点から紫月が鬼のように仕込んだと思われる―――いつもの静かな口調で口を開いた。


「第九?」

「そうだ。第九の書。それが、最近この国の保管庫から消えた」

「簡単なことだよ。保管庫から消えたその書もキミ達には探し出してもらいたい」


 第九の書。

 それは遥か昔から伝わっている闇の書物。

 皇族レベルでなければ所有することが許されない本であり、内容としては日ノ国にとって、明るみに出ることはけしてない存在。


「世界にはね、けして明るみに出してはならない存在というのはいくらでもあるんだよ。術しかり。本しかり。“人”しかり。“人ならざるモノ”もしかり。それは分かるよね?」

「あぁ」

「そうですね。呼び方は色々とあるにしても、そういった永遠の闇の中に閉じ込められてしまうモノというのは存在します。しかし紫月さん。私には理解できないのは、どこのだれかは知りませんが何故、どういった理由でその“第九の書”を持ち出す必要があったのですかね?」


 あぁ、と紫月は一つ、手を打った。


「そういえば晴明は“人”だったね」


 知らないのも当然かという言葉に、晴明はけして怒ることもなく、彼女の言葉の続きを待つ。

 “人ならざるモノ”達にとって、生とは長い、“人”なんかよりも遥かに長い生なのだ。

 今更“人”だからという理由に、晴明は怒りを覚えるほどの感情は存在しない。


「日ノ国以外では魔書。この国において、第九の九とは、苦しみの苦ともとれる。ただの言葉遊びだろうけれど。ただ、この本に西洋の黒魔術に近いものが集められているんだ。西と東の黒魔術。それが合体した時。一体、何が起こるのだろうね?」


 紫月が呟くが、その声は、今この部屋にいる晴明、大河、煉の耳にも届いている。


「西に足りないものを東が補う。東に足りないものを西が補う。術というのは多種多様多岐にわたるけれど根というものはどこかで繋がりというものがあり、読み解けば補完に値するものが見つかるものさ」

「確かに、そうですね。文化によって違いはあれど、根を考えればどこかで繋がっているものです。第九の書ということは、西洋の魔術でいえば、黒魔術としての色が強いもの。この国では、九は苦しみのくとして欠番の四と代表して忌避されることが多いものですし、それを何かしらの目的で、国が表沙汰にしないようレイキ会に保管されていたモノを盗み出したのが―――」

「こいつということか」


 霧野 零。

 警察はおろかレイキ会の誰一人として彼の行方を掴むことが出来ていない。

 まるで名前の通りだ。


「どう考えてもだが」


 難しい表情で、大河が口を開く。


「この程度ならば、パパ上や祭がいても問題がないのではないか?」


 他の“人ならざるモノ”達より情報がほんの少し、多いだけだ。

 微々たるものだ。

 それを他のメンバーに隠す意図が分からなくて、大河は何故、招集された全てに伝達をしないのかが気になった


「神さんはともかく、祭くんはあんなことがあったからね。保険さ。とにかく、第九の書を持ち出したのは霧野 零で間違いはないんだ」


 再び、大河はその人相書きに目を移す。

 あまり好きなタイプではないので話すことは少なかったが、どちらかといえば彼は美男だ。

 髪色も日ノ国の民にしては珍しい金髪。

 年の頃で言えば……


「確か、奴と同い年程度か、やや上か」


 年齢だけでいえば二十歳前後。


「とーにーかーくー。これを持ち出したであろう彼と第九の書を、セットで私達は見つけ出し、レイキ会に連行しなければいけないということですね」

「そういうことだよ。義理姉様が、どうして全体にそんな単純なことを伝えないのかはボクには理解できないけれど、何かしらあるんだろうね。レイキ会に所属していると言っても、誰も彼もが一癖二癖ある。第九の書が公になれば―――。さて、話は終わりっ。ねーねー、飲みに行こうよっ」


 すかさず煉が


「お嬢」


 と一言で止める。

 たったそれだけで有無を言わさない煉の言葉に紫月は頬を膨らませる。


「ぷぅ……。さすがにボクも義理姉様に京ノ都タワーから千回ホームランは確かにごめんだね。ボクにも容赦ないんだから。義理姉様。まぁ……他に比べたら甘いだろうけど。とにかく話はそれだけだよっ」

「ひとまず分かった。こいつとの協力は貞操に危機を覚えるが今はそれどころではないからな。……さて、今、西に向かった奴はどうしているだろうな」


 何もなければ良いが、と大河は西の方を見たのであった。

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