第二十八話
「時間がないよ、カイル。急ごう」
立ち上がったヤトに釣られてカイルも立ち上がる。
航空券や資金は用意すると言っていたから、用意さえできればすぐに日ノ国に戻れるだろう。
「カイルは新しい家族も守らないとね」
先程までのシリアスな表情はどこへ行ったのやら。
ヤトは笑顔でカイルの頭を撫でた。
「っ、師匠! 撫でまわすなよっ」
犬か!
とツッコミを入れつつカイルはヤトの手を振り払う。
「いやー。猫だね。うん。本当に昔から君は人に懐かない猫。……もしも、何かあれば安倍晴明の邸に逃げ込みなさい。さて、私は行くよ。カイル、お互い任務を遂行しようじゃないか」
ヤトはひらひらと手を振り、リトを探すためにその場を去っていったのだった。
「ったく……。それにしても、家族……? あいつらが……?」
取り残された部屋で、呆然とカイルはヤトに言われた言葉を復唱する。
はた迷惑な悪戯ばかりの神。
呑気でぽけぽけ天然ボケな祭。
クールなようで天然ボケな大河。
一生カイルの下僕でいる気のハデス。
「……家族……?」
言われてみれば、そうなのかもしれない。
出発前に言われた言葉。
『いってらっしゃい!』
『気を付けて行ってこい』
『いってらっしゃいませ』
『いってらっしゃい、カイルくん』
魔術協会にいたままでは聞くことはなかったかもしれない温かい言葉。
「……仕方ねーな」
笑みが、零れる。
これからの任務の内容は、けして笑える内容などではないのだが、神の、祭の、そして大河の顔を思い出しただけで何故だか笑みが零れてきた。
「帰ってやるか」
そして
「東方魔術協会だろうが何だろうが、ノイン・ログを見つけて、企みを阻止してやるよ」
次の瞬間には表情を切り替え、カイルは部屋を出た。
だが数分後、未だに航空券の予定が取れずにドタバタさせられたのは言わずもがな。
そもそも航空券の予約方法自体が理解できる魔術師が少なく、時間がかかったのも言わずもがなである。
「最新どころか航空券の予約なんざ、できるだろーが……。何時代の人間だよ。修行以前に現代に追いついとけよ……! あの世間知らずの化石共め!」
身の丈に合わぬ最新機器に右往左往する魔術師達に、カイルが自分でやらざるを得なかった件に関しては、手配をしてやると言われていたのにも関わらず、何故自分で自分の為の航空券を自分で予約する羽目になるのか理解ができなかったカイルであった。
「最新の魔術センサー作れるのなら、せめて、普通世間一般的な最新には追い付いとけよ……!」
これだから魔術以外には視野の狭い世間知らずはダメなのだと飛行機の中で溜息をつくばかりなのであった。
何はともあれ、任務であったとしても日ノ国で仕事ができるのだ。
「大河の作る料理、食いてェな……。って違うだろ……!」
完全に胃袋も、儀園神社のおかんに完全に捕まれているカイルなのであった。
大河の料理は長年、儀園神社で料理をしているだけあって美味い。
けして、そう、自分は決してそれに釣られているわけではない……と心の中で言い訳をする。
「それにしても兄貴に霧野 零。ノイン・ログに第九の書」
偶然か、必然か。
どうやら、自分の人生に平穏という言葉は皆無らしい。
カイルは今までのこと、そしてこれから起こるだろうことを考えると、決して自分の人生が平坦ばかりではないことを思う。
「人生は谷山の如し、ってか」
ヤトがそう言っていた。
人生というのは山と谷の連続で平坦な道など存在しないのだと。
そして、他人から見た人生ほどロクでもないものはないのだと。
つまりは他人から見た人生を鵜呑みにするほど自分の人生をつまらなくするものはない。
己の人生を楽しいと感じるかつまらないと感じるかは自分次第で、他人から見た人生は話半分に頭の片隅に置いて自分の人生の糧に昇華し生きる。
それが人生は一生勉強だと言われる所以だと考えている、と過去に何度かヤトは言っていた。
「今ここにオレがいるのは、オレがそうすると決めたから」
そして
「何があろうと、今、ここに存在しているのは、オレと、そして世界の意志だと」
生きたいと願い、生き続けることが出来るのは不可能である。
人生というのは人がその人の生を語るから人生というのであって、己の人生というのは己自身で語らねば自叙伝とならぬのである。
「オレの人生、か。自叙伝にもならねーな。なるとしたら他人の語る人生のみ、か」
まぁ、残す気はないが、とカイルは呟いた。
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