第二十六話

「あんのクソ狐がっ……!」


 時は数日前に遡る。

 カイルは日ノ国国際空港で苛立ちのあまり、手で握りつぶした航空券を片手に血を吐くように声を絞り出した。

 トランクの中から何故かカッターやらハサミやら機内に持ち込みできないものが出てきた所為で搭乗に時間が掛かっていた。

 出発前に、そんなものを入れた覚えはないというのに。

 ということは、確実に神の仕業であろう。

 カイルは職員の目の前で、トランクの中身をひっくり返し、持ち込み禁止物を全て取り出す。


「お客様、こちらは―――」

「持ち込めないものは全部廃棄でお願いします。知人が遊びで突っ込みやがりましたブツ達ですので。……クソ。やりやがったな……こんなクソいらねェしかも搭乗手続き阻害するような時間がかかるもん何でもかんでも突っ込みやがって。ご丁寧に手紙つきで!」


 ぶちぶちと文句を言いつつ、ようやく飛行機に乗り込むことが出来た。

 後は国に到着するまで眠るだけだ。

 ようやく一息ついて、席に着いたカイルは目を閉じる。

 一体、魔術協会からの呼び出しとは何なのだろうか。


「変なことに、巻き込まれなきゃいいんだけどよ……」




****




 長い距離ではあるが、眠ってしまえばあっという間だ。

 伸びをすれば、長時間座っていたことにより固まった体がぽきぽきと音を立てる。


「カイル・シュヴェリア。ようやく帰って来たか」


 魔術協会からの出迎えらしい。

 こんな所でコートなどを着ていれば目立つため、どうやら空気を読むことが出来る魔術師を迎えに派遣したようだ。


「三賢人様がお待ちだ。行くぞ」


 彼の運転してきた車に乗り込み、カイルは郊外にある魔術協会へと向かった。

 到着してすぐに、三賢人のいる部屋へと案内された。


「カイル・シュヴェリア。入ります。……師匠。何拘束されてんですか」


 部屋の中に入ってさっそく呆れた。

 どうやら師匠であるヤトは何かを察して逃亡を図ったが見抜かれ、拘束されたらしい。

 死んだ魚の目で、ロープでグルグル巻きにされ、豪華な椅子に縛り付けられている。

 何と不釣り合いな光景だろうか。

 だがカイルはそれ以上ツッコミを入れず、溜息をついた。


「嫌な予感しかしなかったから逃亡しようとしたのにさー」

「まったく、お主は何故そう逃げる。航空券もタダではないのじゃぞ」

「少しは大人しく戻ってきた弟子を見習え」

「やれやれ。ヤト・クライスにはこの間の反省が足りんと見える。カイル・シュヴェリア、お前も座るがいい」


 カイルの正面の座している三賢人―――右からルシア、フランシスコ、ジャシンタはこの魔術協会が発足して以来、魔術協会を束ねる長として名前を受け継いでいる。


「この間のことは私のせいじゃありまっせーん。何? 老人ボケ? いい施設ならいくらでも紹介しますよー」


 三人の老人達は目の前で悪態をつくヤトを見て、深い溜息をつく。

 とにかく話を進めよう。

 そう結論付けたのか、ヤトの悪態は無視して話を続けた。


「そなたらを呼び寄せたのには、聞きたいことと仕事の二つじゃ」

「聞きたいこと?」

「そうだ。リト・エトワールがどこにいるか知らないだろうか」


 そこで何故、リトの名前が出てきたのか。

 悪態をついていたヤトと、紅茶に口をつけていたカイルは互いに顔を見合せて首を傾げた。


「リト兄貴がどこにいるかオレは知らねーな。師匠は?」

「そういえば私もリトが今どこにいるかは知らないな……リトに何か? ジジババ」

「リト・エトワールには、我が魔術協会に伝わる黒魔術を主に記録した書、ノイン・ログを持ち出した疑いがかかっている」


 ノイン・ログ―――西方に伝わる第九の記録だ。

 それを何故、リトが持ち出す必要があったのか、カイルは首を傾げる。

 面倒くさがりのリトがそんなことをするわけがない。


「我らとて、あの面倒くさがりで居眠り魔のすっぽかし魔が完全な犯人として追っているわけではない」

「そうじゃ。ただ、ノイン・ログが消えた日に珍しくここに来て蔵書室に籠っておったから何か見ていないか話を聞くためじゃったのじゃが……何故か、奴め逃げ回っておる」

「先日、東方魔術協会から接触があったのでな。何か厄介なことに巻き込まれ、我ら魔術協会がリト・エトワールを犯人か容疑者として追っているとでも思っているやも知れん。連絡先を知っているわけでもないのでな」


 知っていればすぐに誤解を解くことが出来る。

 だがリトが勘違いをしているとはいえ逃げている以上、こちらからも迂闊に魔術師を派遣すれば、さらに逃げ回るだろう。

 その為、今は一旦リトの捜索を打ち切り、待機しているという。


「そこで、リト・エトワールの師であるヤト、弟弟子であるカイル。そなたらに仕事だ」

「ヤトはリトを捜索し、魔術協会へ連れて来い。あくまでも事情聴取のためだ」

「そしてカイル。お主は日ノ国へ行き、ノイン・ログを捜索、犯人を特定し取り戻すように」

「日ノ国に? 何でそこにあると?」


 場所が分かっているというのなら、カイルが行かなくても他の魔術師でも良いものを、何故、わざわざ呼び出しをしてまでカイルに依頼をするのか。


「ノイン・ログに取り付けていた最新式の魔術センサーが日ノ国で途切れた。恐らく、犯人は持ち出しをしたもののセンサーに気付き破壊したのだろう」


 だから、日ノ国にあることは確認できているということである。

 そこに最新式の魔術センサーを開発して使うなら、時代遅れの魔術協会に文明の利器をもっと導入すればいいのに……と思ったが、ヤトとカイルは黙っておいた。

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