第二十五話

 リトが魔術協会の人間から逃げ回っていると、目の前に現れたのはかつての学友だった。

 間一髪、リトは風で切れ味抜群となった刃のようなトランプをギリギリの所で全て躱す。

 さらにディックがトランプの数を増やすが、リトは軽い身のこなしで避けてディックから距離を取る。


「やるなぁ。いっつも面倒くさげで眠とうしてんのに」

「イービルアイ、使わないんだ」


 イービルアイ―――邪眼だ。

 一緒に魔術の勉強をしている頃、リトはディックからイービルアイが使えることを聞いていた。

 本当は秘密らしいが、リトになら良いということでディック本人からリトに告白したのだ。

 二人の脳裏には、かつて交わした言葉が蘇る。



 ―――なぁ、リっちゃん。どんなに時が経っても、友達って思っとってくれる?


 ―――んー。忘れてなければ、かなぁ。



「ほんまにすぐ忘れるクセに、何だかんだちゃんと覚えてるやん」

「忘れてるわけじゃない。ただ、思い出すのが面倒くさいだけ」

「それも忘れてるうちに入るやろ」



 ―――忘れるから……ディックがちゃんと、連絡をくれたら、大丈夫だよ。


 ―――それ、ほんまやんな?


 ―――多分。


 ―――多分かい!



 そう言いながら笑い合った短い日々。

 結局、別れて数年……結局、お互いに連絡は取っていなかった。


「何があったかは、聞かない」

「何でや?」

「皆それぞれ、いつか、何か、そして何度も人生の岐路に立たされるものだから」


 ディックはリトの出方を伺う。

 昔から彼は、出方が分かりにくいのだ。



 ―――リっちゃんの魔術はどんなカラクリなん?


 ―――さぁ。自分でも分からない。


 ―――種も仕掛けもあらへんのは魔術ちゃうで?


 ―――じゃあ、何だろう。魔法? まぁ、何でも良いけど。



 自分自身に興味を持たない男だった。

 未だにディックはリトの魔術がどういうモノなのか理解をしていない。

 ただ一つ、確実なことがある。

 彼は位相のズレを利用しているだろう、ということだ。

 魔法に近い魔術。

 魔法とは普通の”人”には使えない能力や不思議な現象であり、魔術というのは体系化された魔法術に則って行使される、つまりカラクリ……どういう理屈で生まれるのか、という理解や解釈が付与された上で行使される術が魔術だ。

 とはいうものの、それはディックなりの認識だが。

 魔術も魔法も一緒だと解釈をしている魔術師もいれば、別物だと解釈している魔術師もいる。

 魔法か魔術かという点には興味を示さない魔術師もいる。

 ある意味でどの解釈も正解だろう。

 ”人”の数だけ使える手法、理解、解釈は違うのだから。

 今この局面ではどうでも良いことか、とディックはリトを観察する。


「だから、聞かないし興味ない。……ディックも、珍しいね。切り札と言いながら、イービルアイを使わないなんて」

「そら短い間やったけど親友やからな。親友には、切り札なしで真面目に戦うんが俺の礼儀や」


 よく見知った、ディックの掴みどころのない笑顔。

 故に、リトは警戒をしていた。

 彼がそうやって笑っている時は本音を明かさないから。


「リっちゃんとは、まっすぐ向き合いたいねん」

「ふぅん……?」


 まっすぐ向き合いたい。

 そう言うクセに、本音のほの字も明かしていないのは明白だ。

 どうやってリトのいる場所を見つけ出したのか、どうして攻撃をしてくるのか、何が狙いなのか……リトは、何も聞かない。

 彼のことだから、何を聞いてもはぐらかすに決まっている。


「とにかくリっちゃんが俺のやろうとしていることから遠ざかってくれたら、そんでえぇねん」

「何をするつもりかって聞いたら、答えてくれる……?」

「それは難しいなぁ……秘密や。リっちゃんは大切な親友やから」


 ただじっとりと、リトの背中が緊張の汗で濡れる。

 彼の実力は一応知っている。

 あれから年数が経っているが飛躍的に向上しているとは思えない。

 とはいえ、今ここで倒されるのも困る。

 ここは逃げるしかない。

 たとえ魔術を察知されたとしても、逃げる方が先決だ。

 リトは手を大きく振り、空を十字に切り、大量の星屑を魔術で出して姿をくらました。

 星屑が消える頃には、ディックの前にリトの姿はどこにもなかった。

 やはりどういう理屈でそうなっているのかはさっぱり分からないが、リトが遠くこの場所を離れたことだけははっきりと分かっていた。


「やっぱり、魔法って言われた方がしっくりくるで。リっちゃん」


 それにしても、とディックは自分を見下ろす。

 傷一つない。


「相変わらず優しいお人やなぁ」


 昔から。


「俺に傷一つつけへんなんて。ま、逃がしてしもたんはしゃあない」


 口の端を持ち上げて、にやりと笑う。


「精々、俺から遠ざかってな。一応、親友の俺としてはこんなことに巻き込むんは忍びないねん。……でも、かち合うんやったら―――容赦はせぇへんで……リっちゃん」


 懐から一冊の黒い表紙の本を取り出し、ディックはその場を立ち去ったのであった。

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