第二十四話

 カイルが魔術協会に向かい、魔術協会では大騒ぎに発展している頃……。

 どうしてこうなった。

 リトは煩わしいと思いつつ建物の影に隠れる。

 先日、魔術協会に資料を見たくて戻った。

 相変わらず魔術協会の中は静かで、声がするといえば修行をしている人間の声ぐらいだ。

 たった一日、魔術協会の膨大な資料が詰まっている蔵書室に籠っていただけだというのに、翌日からリトの身辺は一変した。

 何故か、魔術協会の人間に追われる羽目になったのだ。

 自分の師匠や弟弟子のカイルなら何かやらかして追いかけられるというのは分かるのだが、それがどうして静かにしている自分の身に突然、降りかかるのかが理解できない。


「さっさと物を出せ」

「さっさと連行しろ」


 自分が一体何をしたというのだろうか。

 まったくといって身に覚えがないことだ。

 果ては攻撃魔術まで展開される始末である。

 たった、一日図書室に籠っていただけで何の罪を犯したのだというのだろうか。


「見つけたか?」

「いや。こっちにはいなかった」


 追っ手をさらにやりすごす。

 魔術を使って逃げても良いのだが、そうすれば魔術を感知されてしまう。

 勘の良い魔術師ならなおさら、敏感だろう。

 今、追い詰められるわけにはいかないのだ。

 何とかヤトやカイルと連絡を取ることが出来れば良いのだが、追われている身では少々、難しい。

 文明の利器である携帯電話を所持しているが、ヤトやカイルの番号が入っているわけがない。

 こんなことなら電話番号を登録しておけばよかったと普段の自分の面倒くさがりをこんな所で後悔する羽目になるとは思ってもみなかった。

 ひとまず、勤め先である屋敷の主人には状況などを伝えているのでどうにでもなるだろう。

 連絡を取った所、こちらのことは何も気にしなくても良いという返答を頂いた。

 屋敷の主人達に危険が及ぶことは早々ないだろう。

 何故なら……彼らはこの場所とは違う、別の場所で暮らしているのだから。

 普通の”人”ならこう思うだろう。

 異世界はあるのだと。

 魔術師からすれば、ただ位相のズレた先に別の時間軸を持った世界がある、という認識だ。

 異世界というよりも別の時間軸を持って進む位相世界。

 リトが別の場所を行き来出来るのも、位相世界を移動しているからである。

一緒に移動している人物によっては位相世界を通っているという認識をしない内に別の場所に出て来たという認識になる。

 ただ行き来をするにも魔術の揺らぎ、痕跡というものがある。

 だからこそ追われているリトとしては魔術の痕跡を残したくないから使えないのだ。


「まぁ、そんなことはどうでも良いとして……」


 問題は……


「何で、追われてるか……かぁ。物って何だろう。……冤罪だけど、もしも捕まったら最後だろうしなぁ」


 魔術協会のやり方を知っている。

 あの、記憶を探る魔術を持った魔術師に、何日もかけて記憶を探られるなど、もう二度と体験をしたくない。

 ちらりと建物の影から追っ手の様子を伺う。

 何とか脱出し、日ノ国へ逃れることが出来れば……。


「飛行機は、ダメかな。船も……どうにかしないとなぁ……。でも、本当に追いかけてきてるのは魔術協会なのかな……んー、とりあえず一番は離脱かな」


 いつまでも同じ所に留まっていれば見つかるのは時間の問題である。

 不意に、気配を感じてリトは振り返った。


「っ……君は……」


 裏路地の闇から、彼はヒョイと現れる。

 短い金髪がさらりと揺れた。

 切れ長の碧い目がリトをしっかりととらえていた。


「久々やなぁ、リっちゃん」

「君は―――えーと……。誰だっけ」


 言われた瞬間、金髪の青年はがっくりと大きく肩を落とした。


「ちょい待ってーな! 何で忘れるん!? 俺や俺!」

「俺俺詐欺……?」

「ちゃうわ! 誰が俺俺詐欺やねん! 前に一緒にお勉強したやん!? ディックやディック!」

「あぁ、思い出した。久しぶり、ディック」


 呑気にしている暇はないものの、リトは心から、片手を上げて金髪の青年―――ディックに返事をする。

 本気で忘れていたわけではない。

 ……多分。


「とってつけたように今更言わんでええわ……」


 本当に相変わらずだと言わんばかりの態度でディックは溜息をついた。

 目の前に立っているリトは、ディックが魔術協会へ来た頃から変わらない。

 いつも眠たげで、面倒くさそうで。


「でも、どうして……?」

「何でやろうな? 俺かて分からんわ。人生、どうなるかなんて、ほんまに。でも堪忍してな、リっちゃん」


 何が―――とリトが思うよりも先に、

 一呼吸を置いて、ディックはリトに攻撃をしかけた。

 得意のトランプを風で操る技だ。


「ちょっと、リっちゃんがおったら面倒やねん」


 どうして彼が自分に攻撃を仕掛けているのか。

 訳が分からないままにリトは攻撃を躱すのであった。

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