第二十二話

「んじゃ、行ってくるぜ」


 色々あったが、やっとの出立だ。

 カイルはトランクを手に、あと航空券をもう一度確認して玄関に立った。


「カーくん。帰ってくるよね……?」


 なんだか不安げな祭に、カイルはわしゃわしゃと頭を撫で回してやる。

 すると元気が出たのか祭は


「カーくんに撫でられた!」


 と喜んでいる。


「仕方ねェから、帰って来てやるよ」

「すごい上から目線! パパ達の方がずっと年上で長生きなのに!」

「その割に、パパ上のやることなすことは幼稚すぎます。おい、気を付けろよ」


 機内食が出るだろうが、と大河は弁当を差し出す。

 空港で食べろということらしい。

 荷物にならないよう捨ててもいいように百均などでも売っている紙製のランチボックスに詰め込まれている。


「いーなぁ。いーなぁ。大河のお弁当……」

「祭。安心しろ。昼ご飯は弁当箱に詰めた弁当風ランチだ」


 さすがは儀園神社の若奥様である。


「サンキュー、大河。ハデスも頼んだぜ」

「かしこまりまして。カイル様が戻られるまで、こちらで魔術的な妨害などがあればわたくしめが神様、祭様、大河様をお守りいたします」


 魔術協会に戻るにあたり、カイルは念のためハデスを儀園神社に置いていくことにした。

 何かあれば晴明やレイキ会がいるから大丈夫であろうが、保険である。


「カイルくん」


 不意に、からかうわけでもなく神が優しくカイルに声をかけた。


「気を付けていってらっしゃい。パパ達はいつでも、カイルくんの帰りを待ってるからね」


 祭も大河も言っているが、と前置きした上で神は言葉を続ける。


「ここはカイルくんの家なんだからね」

「クソ狐……あぁ」


 いってらっしゃい。

 いってきます。

 そのやり取りが、こんなにも嬉しいことに、カイルは気付いた。

 気持ちよく出かけられる。

 義理の両親に義理の妹は一般“人”で、自分は魔術師となった……それ故、平和で、心に沁みる、そんな会話に対する憧れなんてとっくに捨て去っていたと思っていたのに。


「カイル様。わたくしめからも。このペンダントを」


 すっとハデスは蒼い玉のついたペンダントをカイルに差し出した。


「わたくしめが昔、死神の仕事をしていて死者の一人から頂いたお守りです。きっと、カイル様を一度だけ、あまりにも強大な力でない限りはお守りするでしょう」

「いいのかよ」

「カイル様はご主人様ですから」


 何かあっては困る。

 有難く、カイルはペンダントを貰い、首にかけた。


「んじゃ、行ってくるぜ」

「いってらっしゃい!」

「気を付けて行ってこい」

「いってらっしゃいませ」

「いってらっしゃい、カイルくん。あ、早く帰って来ないと、大河クンが酷い目に遭うから戻って来てあげてねっ」


 余計な一言。


「気持ちよく旅立てると思ったオレの気持ちを返せ! クソ狐!!」

「パパ上。俺に悪戯するのはやめてくださいと何万回も言ってます」


 そんなやり取りをしつつ、カイルは神社の鳥居を出た。

 振り返ればちらほらと参拝客がいる表の儀園神社。

 今度こそ、振り返らずにカイルは歩き出したのだった。



****



「ところでハデスくん」

「なんでしょうか。神様」

「カイルくんにあげたペンダント、晴明からのものだよね?」


 神は合ってる?

とハデスに確認をすると、ハデスは頷いた。


「えぇ。先日、嵐の到来が見えましたもので。晴明様も、どうやら感じたようでございます」


 恐らく、その嵐にカイルは巻き込まれるに違いないと。


「わたくしめと晴明様共同制作のペンダントですから、それなりに守護の効果はあるかと」

「そっか。本当、騒がしいね。カイルくんの周りは」

「仕方がございません。“人”の中には、稀にそういう運命を持って生まれてしまった方がいらっしゃいますから。ただ、今や我が主であるカイル様に何事もなければよろしいのですが……」


 そう言って、ハデスは再び空に目を向ける。

 カイルが何に巻き込まれるのかは分からないが、とにかく、この神社と、当然カイルを守らなければ。

 ハデスは胸に思いをしまい込み、大河から頼まれた事を片付けようと神と一緒に玄関に入っていったのだった。

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