第十九話

 そんな夜から一夜明けた。

 洗濯をしようと思っていたが、空は生憎の雨模様で早朝から雨が断続的に降り続いていた。

 カイルは死んだ目で魔術協会にエアメールで返信をしておいた。

 不慮の事故が発生したため、魔術協会に戻るのが遅れる、と。

 都合よく兄弟子であり不思議なリトが掃除道具入れから転がり出て来てくれないかと期待を込めて開けてみるが、珍しいことに彼はおらず、転がり出てくることもなかった。

 任務の内容は気になるが服がない以上、出掛けることは出来ない。

 新しい服を買おうかと大河が提案をしてくれたがひとまずは手持ちでどうにかしたい、と言っておく。


「しかし、大量の洗濯をしたい日に限って雨とはな。貴様はよほど、天に見放されているな」

「オレ自身がそー思うぜ……」


 台所から空を見上げるが、雨が止む気配はない。


「洗濯の手間だ。捨てて新しいのを買った方が早いだろう。それにあれだけ汚れていれば、まずは手洗いを集中的にしてから洗濯機に入れなければならんぞ」

「買いに行くのが面倒くせェ」

「誰が洗濯を手伝ってやってると思っているんだ。買いに行くのが面倒なら、母上に頼めば簡単だ。すぐに来てくれるぞ」


 むしろ、違う服を着せられるだろうが、と大河が言うのでカイルは速攻で断った。

 誰が喜んで女の服を着たいか。


「まぁいい。物と金を大切にするという点においては目を瞑ってやろう。それより朝食が出来た。運ぼう」


 台所から朝食を運ぶ。

 大河は神に、餌のごとく漬物二切れをしれっと出して自分の席についた。

 そんな漬物二切れしかない神の朝ご飯と比べて大河、祭、カイル、そして集会とやらから戻ったハデスの朝食は美味しそうな洋朝食である。

 少しトースターで温めたバターロール。

 黒胡椒をふりかけてカリカリに焼いたベーコン。

 半熟トロトロのスクランブルエッグ。

 大河特製、コーンの甘味が凝縮されたコーンスープ。

 サニーレタスときゅうりとトマトに爽やかなドレッシングがかけられた新鮮で彩り豊かで瑞々しいサラダ。

 飲み物はミキサーを使用しバナナと牛乳、ハチミツ、氷をブレンドした大河特製バナナジュース。

 食後には手作りではないがプリンが用意されている。

 美味しくない訳がない。


「流石は大河様。これは美味です!」

「美味しい~! 大河のご飯、美味しいよ!」

「うめェな」


 口々に大河の朝食を褒め、その様子を見てあの神が


「カイルくん、本当にごめんなさいぃぃいいい! 大河クンも、やりすぎたから許してぇぇええええ!」


と綺麗な土下座を決めて泣き叫んだ。

 だが大河は本気で怒っていた。


「パパ上。俺は、洗濯ものが綺麗になるまで漬物二切れと言ったはずです」


淡々と神に言い返した。

 謝罪は受け取るが、宣言したことは撤回しないと。


「そんなぁ!? 祭ちゅわん! 大河クンにどうにか言って!?」


 大河から言い含められていた祭は


「ごめんね、パパ。でもやりすぎたパパが悪いと思うから……」


 と言って何度も神にごめんね、と言っていた。


「カイルくぅん……」

「何で、やられたオレがテメーを速攻で許さなきゃなんねェんだよ」


 カイルは当然、許すつもりはない。


「まぁ、台所にある余りものの残飯を、どうしようが俺の知ったことではありませんが」


 大河の言葉に、神はきっちり漬物二切れを口に放り込み、台所に突撃していった。

 空腹が過ぎてさらに過酷な悪戯で仕返しをされても困るので大河は一応、量を少なめにしているものの神の分を置いておいたのだ。


「良かったのかよ?」

「仕方があるまい。自衛だ」


 それにしても、と大河は言う。


「洋朝食もたまには良い。温かいバター薫る柔らかなバターロール。これには手作りのイチゴのジャムが良く合う。トロトロのスクランブルエッグ。アクセントにカリカリに焼いて黒胡椒をふったベーコン。野菜は新鮮。バナナジュースは贅沢。コーンスープは俺の中で今日のMVPだ」


 自分の料理の才能が怖いな、とまんざらでもない所か大満足の様子で食べ進めている。


「ボク、スクランブルエッグが美味しい!」

「わたくしめはこれらを一つにしたバターロールサンドが美味です」

「美味そうだな。それ」


 カイルはハデスの真似をしてバターロールにナイフを入れ、そこにベーコンとスクランブルエッグとサラダを挟む。


「む。それは美味そうだ」

「ボクもやりたい!」


 そんなこんなで、今朝の朝食は非常に美味しく、そして大変平和に過ぎたのであった。

 ただ……この後の予定としてはやはり問題の汚れが酷い洗濯。


「祭とハデス。悪いが、その他の掃除を頼む」

「分かった!」

「承りましてございます。大河様」

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