第十五話

 カイルが帰るということで駄々をこねて祭がカイルに飛びつき、二人纏めて床に倒れ込んだ瞬間だった。


「どうしたの? 三人でそんな所で騒いで」


 神だ。

 今見られるのはマズイ、とカイルは思ったが思うように祭を引きはがすことが出来ない。


「って祭ちゅわんっ! カイルくんなんて押し倒しちゃダメダメっ!! 純粋無垢なパパの可愛い可愛い祭ちゅわんがカイルくんに穢されちゃうっ!!」


 神は祭を引きはがした。

 倒れた時に頭を軽く打ったカイルは唸りながら、穢れるか、と舌打ちと共に言い捨てる。


「穢れがアウトな大河ならともかく、祭が穢れるかよ!」

「”人”が触れた時点で祭が穢れる」

「真顔でテメー言うんじゃねェよ! 大河! テメー止めろよ!!」


 どいつもこいつも……とカイルは立ち上がる。


「とりあえず、どうしたの? 祭ちゅわんがカイルくんにしがみつくなんて」

「パパ! 大変だよ大変!」


 祭は大変だ、と神に告げる。


「どうしたの? 祭ちゅわん!」

「カーくんがお仕事で帰っちゃう!!」


 まさに大事件!

 と言わんばかりの祭の大袈裟な報告に、神も驚いたようにカイルを見た。

 帰るという話は一言も聞いていない。

 友人になったヤトからも連絡は来ていない。


「パパ何も聞いてないよ!?」


 最初に神が知っている訳もないだろうに。

 カイルはやれやれと考える。


「一時的にっつってんだろ。大きな仕事があるからっつーので話をとりあえず聞きに来いってな」


 大きな仕事だからって絶対に受けなければいけないという訳でもない。

 候補者としての打診だろう、とカイルは考えている。

 他にも出来る魔術師がいればそちらが仕事をすれば良い。


「ふぅん……。でも帰ることは帰るんでしょ?」

「話、聞くのはゼッテーだからな」


 普段から部屋は綺麗にしているので、そう時間をかけずに荷物を纏められるだろう。

 神に悪戯をされるという理由でカイルは汚損破損防止の魔術が施され施錠されたトランクの中に大切なものは入れていたのでトランクに詰め直すとすれば、服ぐらいだろう。


「魔術でテレビとテレビを繋いで出来ないのか?」

「んなこと出来る奴がいりゃ、とっくにやってるっつーの」


 何せ、本部にいるのは、言っては悪いが干物レベルで未だ中世に生きているのかと思えるほど機械に疎いジジイやババア、世捨て人並の魔術師達だ。

 比較的若い魔術師もいるが朱に染まれば赤くなる。

 文明の利器から遠く離れてしまうのだ。


「せっかくなんだから編み出せば良いじゃない。カイルくん」

「だぁかぁらぁ。んなこと出来るならやってるっつーの!」


 魔術協会本部に棲む干物達を本気で舐めてはいけない。

 カイルはそう思っている。

 文明の利器をまず使いこなせない。

 そのクセ、妙な所には魔術の粋をふんだんに使って文明の利器以上の物もある。

 例えば、カイルが持っているトランクもそうだ。

 汚損破損防止で持ち主の魔術を少し込めるだけで開錠施錠となる。


「とにかく戻って話を聞かなきゃなんねェんだよ」


 それは決定事項だと告げると、神は大袈裟なくらいに肩を落とした。


「いつ出発をするんだ?」

「あー……。荷物纏めて、用意が出来次第だな。今から荷物纏めんだよ。悪ィけどな」

「そっかぁ……帰っちゃうのかぁ……」


 神は残念そうに、それだけを呟くとトボトボと部屋へと戻って行った。


「パパ、元気なくなっちゃった……」

「大丈夫だ。祭。すぐに復活する」


 大河は安心しろ、と祭に告げる。


「それなら良いけど。あ、二人はこの後どうするの?」

「まず風呂だな。激戦を潜り抜けてきたからな。貴様も先に風呂に入れ」


 部屋に戻って着替えを取りに行かなければ、と大河は言う。


「ボクも一緒に入る!」

「テメー、水の栓を開けるんじゃねェぞ!?」


 祭と一緒に入ると、大抵、何かが起こるのだから。

 カイルは祭に釘を刺す。


「大丈夫! やらないよ!」

「信用ならねェよ!」


 さらに祭はやらないと言ったが……本当だろうか。

 とりあえず着替えを取りに行こう、と大河、カイル、祭が部屋に戻った瞬間だった。

 カイルの絶叫が上がり、大河と祭は慌ててカイルの部屋に駆け付けるという事態が発生したのであった。

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