第十一話

 流れるような手慣れた身のこなしで大河は、優雅におあげはもちろん野菜類などもしっかりと確保して会計を済ませると、カイルを待つ。

 彼のことだ。

 肉の一つでも手に入れてくれば良い程度だろう。

 出来れば、早く帰りたい所だと考えていると、会計を済ませたらしいカイルが、げっそりとやつれた表情でヘロヘロのボロボロでスーパーから出てきた。


「遅かったな。それで、貴様の戦歴はどうだ? 貴様のことだ。肉の一つ程度でも手に入れられたら上出来だが」


 意外と、彼の持っている大きなエコバッグは物が入っている。


「あー……。何なんだ……ここは……地獄の特訓と、どっちがと言われると悩むぜ」

「貸してみろ」


 大河はカイルの持っているエコバッグを確認する。

 意外と奮闘したらしいことが窺えた。


「ほぅ。これは猪か。それに貝類にマグロ……。なかなかやるではないか。地獄のタイムセール初心者にしては良い戦果だ」


 珍しく大河はカイルを褒めた。

 それに豚ではなく猪をなかなかの量をゲットしたことはポイントが高い。

 このスーパー、猪を出すのはレアなのだ。


「あ? 猪ぃ? 豚じゃねぇのかよ」

「あぁ。調理の仕方によるが、美味い。良くやった。褒めてやる。今夜は鳥スキではなくボタン鍋だ」


 どうやら大河に褒められたらしい。

 珍しいこともあったものだ。

 今にも鼻歌を歌いそうなくらいに機嫌が良い。


「猪を、ボタン?」

「猪の肉の色味が牡丹という花に似ているところから猪はボタンという隠語で呼ばれている。味噌仕立てのボタン鍋は実に美味い。これだけの量があれば、パパ上や祭が欲しいと言っても対処が出来るな。それ以外にも確保をしているとはな。うむ。今回ばかりは褒めてやろう」


 帰ろう、と大河とカイルは買い込んだ食材を持ち帰る。

 ふとカイルは思う。

 随分と染まったものである。

 最初はどうなるかと思っていたが、中々、短い期間ですっかり仲良くなってしまったものである。

 それは大河も同じことを考えていた。

 カイルが来るまではこんな日々になるとは思いもしていなかった。

 “人”と“人ならざるモノ”。

 短い時間を生きる“人”と長い時間を生きる“人ならざるモノ”。

 生には大きな隔たりがあるというのに、まるで長年の友であるかのように馴染んでしまっている。

 不意に大河は思い出す。

 カイルは良い巡り合わせと悪い巡り合わせ、両方がある、と。

 もしかしてこの先にも何か―――無意識にカイルを見ると、その視線をカイルは感じたのか大河を見た。


「んだよ」

「いや。貴様―――染まったな」


 まぁ、と大河は言葉を続ける。


「儀園神社に来て、パパ上の標的になった時点で“人”生詰んでいるがな」

「言ってろ! テメーこそクソ狐の神社に棲む時点で“神”生詰んでんだろ!」


 カイルの物言いに大河も負けじと言い返す。


「勝手に俺の“神”生詰んだとか言うな! 貴様より長生きしているんだぞ」

「自慢になるかよ! やっぱテメー、オレに喧嘩売ってんな!?」


 喧嘩を売っている売っていないの水掛け論。

 カイルが言えば、大河も言い返す。


「大体、褒めてやれば貴様は!」

「はぁ!? 褒めてる!? 上から目線の間違いだろ!?」

「俺が褒めるなど滅多にない。有り難いと思わないのか!」


 言えば言い返す、その繰り返しだ。

 二人の若い男がエコバッグを食品で膨らませ並んで喧嘩する姿はそこはかとなく、周囲を歩く人々の目に留まる。

 中には痴話喧嘩かと噂をする者も。

 儀園神社に到着する頃には、二人揃って疲れ果て、無言で結界をくぐり抜けると無言で階段を上がる。


「おい」

「んだよ」

「疲れたな……」


 大河の言葉にカイルも同じく、疲れたな、と返す。

 それでもまだ家事は終わらない。

 まだ夕食の準備をしていないし、後片付けをしていない上に、泥は落としたが風呂に入っていない。


「あぁ、まったくだぜ」


 誰の所為、とは言わない。

 二人にとって共通の原因は、もちろん神だ。


「害獣だぜ」

「まったくだ」


 祭の手出しは微々たるものだ。

 他のものとくっつくことで暴発するから被害が拡大するだけである。

 彼が手を出さなければ、まだマシなのだ。


「とっとと何事もなく、終わりたいものだ」

「あぁ……だな」


 そうして大河とカイルは母屋に到着したのであった。

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