第十話

 商店街のスーパーにやってきた大河とカイル。

 しかしそこはタイムセールが始まるということで、戦の雰囲気漂うスーパーと化していた。

 さらに“人ならざるモノ”である大河が恐れるトリコロール三連星と呼ばれるスーパー主婦、赤い箒星の赤星、白い女帝の白川、青い閃神の青野が揃い踏みしているという……。

 別行動、と財布を託されたカイルは遠い目をするしかなかった。

 不意に大河は懐から紐を取り出すと自分の着物の袖が邪魔にならないようにたすき掛けにし、頭には鉢巻きをつける。


「おーい。大河。それはマジか? ギャグじゃなくてマジなのか? お前、セールにどんだけ命掛けてんだ……!? メインはクソ狐と祭のためのおあげのフルコースと、数日分の食材だよな!?」


 そこまでする必要があるのか、とカイルは大河に言うが大河は本気だった。

 カイルは知らないのだ。

 タイムセールの真の恐ろしさ、そしてトリコロール三連星がいる時は大戦になることを。

 今日、思い知るだろう。

 間もなく時間だろうと大河はあたりをつける。


「間もなくだ。後で落ち合おう。死ぬなよ……! 貴様の国の言葉で言えば……ぐっどらっく、だ!」


 瞬間、スーパーの店員らしい男がマイクを手に現れた。


「お待たせいたしました! お客様! お怪我のございませんよう、ただ今より、タイムセール……開始ですっ!!」


 打ち鳴らされたゴング。

 主婦のほとんどが一斉に動き出した。

 中には手慣れた男性もいるが、取り残されたのはこのスーパーのタイムセールに慣れていない者達ばかりである。

 カイルも、その一人だった。


「っ、しまった! 出遅れちまった……!」


 怪我をしない程度の、しかし押し合い圧し合い。

 鳥、豚、牛に魚、貝、甲殻類。

 新鮮な野菜。

 その他、ありとあらゆる食材が良い鮮度で意外と揃っているスーパーの中はまさに戦場そのものだった。


「ぐぉぉぉぉ……! に、くぅ……!!」


 カイルは必死に群がる主婦に食いつき、肉に手を伸ばす。

 だが―――


「甘ちゃんは退きな!」

「ぐふぅっ……!」


 恰幅の良い、赤い服のマダム―――赤い箒星たる赤星を筆頭に、主婦軍団から押し出されてしまった。

 牛肉はあっという間に浚われてしまったがまだ鳥や豚の肉はある。


「クソッ。と、りぃ……! ぶ、たぁぁぁぁああ……!!」

「慣れてない坊ちゃんは退きな!!」


 再び、赤星を筆頭に次から次へと押しつぶされ押し出されてかっ攫われる。

 不意に目に入ったのは別の豚肉と思われるコーナーだ。

 この場所にも人はたかっているが少し人が少ないものの、何も手に入れられず負けてしまえば大河からさらに見下されるだろう。

 それだけは何としても避けたいカイルは飛びついた。


「おっし! 豚ゲットぉぉぉおおおぉぉぉおおおっ!」


 ようやく肉を手にしたカイルは奪われないように即座にカゴに入れた。

 続いて魚コーナーへ突撃する。

 こちらも戦争の様相……否、築地かもしれない。

 鮮度はそのままに安くなった魚や貝、甲殻類が次から次へと飛ぶように売れていっている。

 赤星の時と同じことにはならない。

 カイルは自身の身体能力を最大限に生かして特攻するが、やはり他の主婦達も強敵だ。


「生ぬるいボウヤは下がってな!」

「げはぁ……!」


 負けられない。

 豚を手に入れた程度でリタイアをする訳にはいかないのだ。

 激戦区に挑戦し、何とかカイルはマグロをゲットすることに成功した。


「ぃよっしゃぁぁぁああああ!!」


 他にもカゴに入れられるものはないか。

 必死に押し合い圧し合いの主婦と一部の主夫に交じってカイルは必死に戦う。

 大河が戦だと言っていたがまさにその通りだとようやく身に沁みて分かった。


「負けて、たまるかぁぁああ! クソ師匠の地獄の特訓を息も絶え絶えに生き残ったオレに出来ねーことなんざねぇーよ!!」


 そうやってカイルが奮闘している頃、大河は流れるような動きで売り場を効率的に回り、安く良いものをカゴへと入れていく。

 儀園神社にとっておあげは絶対だ。

 確保する必要がある。

 ふと振り返れば、白い女帝―――白川が大河に負けるとも劣らないスピードで安くなった乳製品に大豆加工品をカゴに入れている。

 彼女達トリコロール三連星は互いに得意分野を買い集め、後で分け合っているのだ。

 かなり効率的である。


「あら。素敵な手際ね。でも……私には勝てないわ」

「こちらはおあげさえ手に入れば何とでもなるんでな」


 白川の手が出る前にあおげを次々とカゴに入れ、大河は白川を避けて他の加工品など必要最低限をカゴに入れた。


「やるわね……。またお手合わせをしましょう」

「そう機会が多くないと、助かる」


 さて、合流しよう、と大河は買い忘れがないかを確認し、一番早いレジに並んでカイルを待つのであった。

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