第九話

 最初は祭から神の夕食リクエストが伝えられただけだった。

だが、祭もおあげのフルコースが食べたいと言い出したため、大河の急遽手のひら返しによりカイルは大河に連れられて買い物に出掛ける羽目になったのだった。


「オイオイ。家計は火の車じゃなかったのかよ?」


 二人揃ってエコバッグを手にスーパーへ向かう。


「うるさい。火の車だ。だが、祭たっての希望だ。無碍には出来ん」

「クソ狐の、だろ。いい加減、祭ファーストやめろよ……」


 何故、自分が大河の祭ファーストに付き合わされなければならないのか。


「さっきも言った通りだ。祭が理由なのが一番だが、やはりパパ上によって気力体力を奪われるほど無駄なことはないのでな」


 それを回避するための努力は無駄ではない。

 結局、神と祭はおあげのフルコースをする予定で、大河とカイルは鳥スキの予定だと大河はカイルに告げる。

 二人で鳥スキ……。

 神や祭も含めて鍋をつつき合うのも、気力体力を使うため、考えてみればその方がマシではある。

 危険だ。

 神がカイルをからかうために、取ろうとしたもの全ての具材を引っさらうだろう。

 そこに祭が加われば……


「貴様が考えていることが手に取るように分かるな。共に鍋を食えば……十中八九、畳に鍋をひっくり返されるだろう」


 結果、畳を購入し直して張り替えしなければいけなくなる。

 さらに、と大河は言葉を続ける。


「貴様は確実に、パパ上によってひっくり返された鍋で火傷を負う」


 その未来がカイル自身も見えた。


「祭はほどほどに。クソ狐は疫病神以上の最低最悪の害獣だぜ……」


 そう簡単にやられる自分はないものの、不可避であることは確実だ。

 神達と鍋をつつく。

 神がカイルを煽り、祭が乗っかり、挙げ句に鍋がひっくり返る。

 畳に転がった鍋の中身は畳にぶちまけられ、カイルにも火傷という形で降りかかる。

 結局……火傷を負ったカイルは、大河と共に畳を買いに行かされ張り替えまでをさせられるだろう。

 考えれば考えるほど、意識が遠くなりそうである。


「とにかく、おあげのフルコースにして機嫌を取っておくか」

「面倒くせェ……!」


 だが自分の身を守る方が先だ。

 誰も危険に首を突っ込みたくはない。

 たとえ、どれだけ手間がかかり面倒でも、だ。


「怪我などをするより安いだろう」

「それが分かってるから、余計に腹が立つんだよ……!」


 カイルの言葉には大河も同意する。

 大河とカイルは愚痴を零しつつ商店街に入った。

 向かったのは大河がいつも使っているスーパーだ。


「人、多くねーか?」

「ふっ……。ちょうど、タイムセールだ」


 エコバッグから財布を取り出して大河は中身を確認する。

 それなりに入っている。

 翌日以降の食材も買っても良いだろう。

 このスーパーは安く、タイムセールは特に人気で最強だ。


「明日以降って何も決まってねーだろ?」

「食材さえあれば些末な問題。おあげは絶対確保だ」


 そう言いながら二人はスーパーへと入っていく。

 中はすでに熱気でムンムン。

 主婦達の殺気だった闘気は最高潮だ。


「大河……。勝てる気がしねぇ……。何なんだよこの国のタイムセールは!? ゴーストよりやべぇだろ!?」

「勝てる勝てないではない。食材を確保出来る出来ないの問題だ」


 無理だ。

 カイルは青ざめる。

 すると大河は何かに気がついたのか、気を引き締めた表情をした。


「オイ。大河」

「気をつけろ。スーパーを総舐めにするトリコロール三連星が来ている……!」


 何なのだそれは。

 トリコロールは分かる。


「あちらの赤いマダムは赤星さんだ。二つ名を赤い箒星。その横の白い若妻は白川さん。白い女帝と呼ばれている。そしてその後ろにいるのが青野さん。青い閃神と恐れられている」


 大河が恐れるほどの手強い主婦達らしい。


「名前の如く、赤星さんは赤い野菜や肉を、白川さんは白い乳製品に大豆加工品を、青野さんは青物野菜や魚介類を得意としている。今回は大戦となりそうだ……」


 そしてカイルは大河から金の入った財布を渡された。

 どうやらもう一つ持っていたらしい。


「貴様は肉や魚などメインになる食材の確保だ。俺は、おあげは絶対。それ以外を満遍なく手に入れる。そして―――この戦を、制してみせる……!」


 たかがタイムセールでこの気迫。

 カイルは遠い目をするしかなかった。

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