第六話
夕暮れ前。
ザク、ザク……と庭から音が聞こえる。
「納得、いかねェ……」
ショベルを手に、あとこち焦げたカイルはふてくされながら縁側に座っていた。
いくつかの灯籠は破壊され、木は何本か折れ、庭の一角が酷く焦げている。
原因は当然、昼間の鬼ごっこだ。
神がカイルに悪戯を仕掛け、それにカイルが反応し、神とカイルの鬼ごっこと術対決に祭が乗っかり……三者の術が激しくぶつかり合った瞬間に大爆発。
庭の一部といくつかの灯籠、木々を吹っ飛ばし酷く焦げさせた。
「納得いかないのは、俺の方だ」
休んでブスくれているカイルの傍ら、大河は黙々とショベルを動かし、元の庭の姿に戻そうとしている。
相当に腹が立っているらしい。
当たり前である。
「何故、縁側で茶を楽しんでいただけの俺が、貴様のような疫病“人”のしでかしたことに道連れにされた挙げ句、修繕をやらなければならんのだ。あぁ、全くもって、少しも納得がいかん」
休んでいないで手をとっとと動かせ、と大河はカイルを睨む。
少しは自分の所為でもあると自覚しているカイルはノロノロと立ち上がって再びショベルを動かして新しい土を庭に放り投げる。
「悪かったっつーの。つか、それはあのクソ狐に言えよ! オレに文句言うんじゃねェよ」
そう言うカイルを大河は手を休めずに、睨んで口を開いた。
元はといえば、と。
「悪いのは貴様だろう。貴様がパパ上のしでかしたことなど無視して片付けていれば、こんなことにならずに済んだんだ」
無視をしておけば良いものを、過剰反応をするから騒ぎが大きくなり、術を使うから最終的には破壊行動となってしまうのだ。
回り回って結局、しわ寄せが大河にまで波及する。
まったくもって納得がいかない、と大河は土にショベルを突き立てた。
「うるせー! だから悪かったって言ってんだろ!」
「どこが言っている。言っている態度ではないだろう!」
土下座の一つをするわけでもなく、ただただ文句を垂れ流して大河が必死に庭の整備をしているにも関わらず休憩をしているではないかと大河はカイルに言う。
「つかオレとテメーはクソ狐の悪戯に対しては運命共同体だろーが!」
「そんな運命共同体などいらん、と何度言ったら分かる! まったく。貴様が来てからというものの、穏やかな日は一日たりとてないわ! キリキリ働け!」
まだまだ仕事が残っている。
庭の整備がある程度済んだら一旦シャワーで泥を流し、今度は晩ご飯のために買い物へ行って準備をしなければならない。
一日中、家事やら悪戯や、悪戯によって引き起こされた後始末に追われている、と大河は溜息をついた。
そんなことを言う大河に対してカイルは言う。
「じゃあオレがこの神社に来る前には、穏やかな日があったのかよ」
しばし間を開けて大河は考えると―――答えた。
あったとは言いがたい、と。
「ついでに運命共同体とか言い出したのはテメーだっつの。あのクソ狐が生きてる限り、平穏なんて言葉とは無縁だぜ」
「確かに、同意せざるを得ないな。“人”の中でも色々と迷惑なことをやらかす年寄りを老害だと言うが、パパ上はそれを遙かに凌ぐ害悪だな」
もはや天災レベルの害獣。
長く生きている分、分かっていて行動に移しているからこそ無意識の悪意と同レベルでたちが悪い。
「奴は気に入らんが、例の甘味屋は良い。また行かなければな」
己の心の平穏を保つために。
それは環境を整えたり行動したりすることによって保たれる。
ある者は趣味に没頭することで己の心の平穏とするだろう。
またある者は好きなものを食べることによって、またある者は買い物をすることによって、様々な心の平穏の形があるのだ。
「貴様もそういうものがあるのか?」
「あ? 何がだよ」
どうやら先ほどの大河の呟きは聞こえていなかったらしい。
「己の心の平穏を保つための手段だ。趣味といってもいい」
趣味……。
カイルは地面を見下ろす。
趣味なんてものはなかった。
弟を助けるために魔術を学ぶのに必死だった。
ハデスを倒すためにある程度の情報収集に、研究が欠かせなかった。
「どうした? この俺が貴様について聞いてやっているのだ」
何で上から目線なんだよ、とカイルはぼやきながら引き続き考えるが、まったくといって趣味を持ったことがない。
「趣味なんざねーよ。それどころじゃ、なかったからな……」
「そうか。すまん。愚問だったな」
大河は立ち入ったことを聞いてしまったか、とそこは反省する。
「だが、貴様はまだ若い。趣味を見つけても良いのではないか? 一つのことにこだわることも大切だが、行き詰まった時や悩んだ時に別のことに目を向ければ、己の心の平穏を取り戻し、見えなかったものが見える時がある」
「大河……オメー……。じじくさいな」
「貴様のためを思って言ってやったんだ! まだ俺はじじいではない!!」
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