第二話
いつも通り、神に悪戯をされたらしいカイル。
その話をとりあえず聞いてやろう、と大河は話の続きを促した。
何をされ、修繕が必要であるのかそうではないのか、金が出る案件なのか……。
「聞いてくれよ大河!」
「あぁ。ひとまずは聞いてやろう。何があった」
破損事件でないことを願いつつ、カイルはそんな大河が自分の心配をまったくしていないことも知らずに訴えるように口を開いた。
「オレの部屋に積み上げられた、あのクソ忌々しい、いつまでも減らない、終わらない書類の山、山、山をな……この悪徳クソ狐がぜぇんぶ、倒してくれやがったんだよ……!!」
内心、安心した。
その程度か。
破損事件ならば考えたが、もはや考える必要もない。
「終わったものと、終わっていないもの、きっちり分けて整理整頓してたっつーのによ!」
「ほぅ。それで?」
「それもぜぇんぶ、ぐっちゃぐっちゃにしてしまいやがったんだ……!」
人災どころか、獣災だ!
とカイルは大河の体を自分の正面に向けると、その彼の両肩を掴んで嘆き泣き崩れた。
「酷くね!? 期限内に提出できる予定だったのによぉ……!」
今までも悪態をつきながらも提出物は期限内に、を信条にやってきたのに、とカイルは訴える。
それなのに、神によって書類の山を倒されただけにとどまらず、ぐちゃぐちゃにされてしまったらしい。
「あぁ。あの書類の山ね。パパ知ぃらないっ」
大河はカイルに両肩を掴まれたまま、遠い目をする。
知らない、と神は言ったが嘘がバレバレだ。
どう考えても、この儀園神社でそんな嫌がらせをするのは神しかいない。
泣き崩れるカイルに揺さぶられながらも大河が神を見ると、彼は晴れ晴れと、そして明らかに、してやった、と言うような表情をしているではないか。
さて……と、ようやく大河は放棄していた思考を戻す。
「大河ぁ! 何とか言ってくれよ!」
「わぁ! 大河とカーくん仲良しだね!」
「うるせぇ! 祭は黙ってろ! そのままクソ狐の腰を折ってやってくれよ!」
自分はカイルに、何と声を掛けたものか、と思案する。
残念ながら、何も思い浮かばなかった。
それでも何も言わないというのも、と思い、とりあえず言葉を口にしてみる。
「まぁ……なんだ? 諦めろ。貴様の意外と真面目で几帳面な所は、まぁ……俺も認めてやらんでもないが……」
そう言うしかなかった。
彼―――神の悪戯に、いちいち過剰反応をして怒って追いかけ回してもキリがなく、また体力気力の無駄遣いだ。
起こってしまったものは天災……いや、獣災として諦め、他の所で復讐をする以外に方法はない。
とはいえ、大河とて自室にイニシャルGやイニシャルKを放り込まれていれば、やはりカイルと似たような反応をするだろう。
「片付けは手伝ってやらんでもない。諦めろ」
「もっと親身になってくれよ!」
大河からすれば十分、親身になったつもりだが……。
どうやら今のカイルには足りなかったらしい。
「ん。ありがとう、祭ちゃん。マッサージ気持ち良かったよ」
「ボク、またパパにマッサージしてあげるね!」
良い子だ。
神は立ち上がりながら、息子の頭を優しく撫でると、カイルには意地悪な表情で笑いながら口を開いた。
「紙切れってすごいよねぇ? 積み上げたものを、ちょいって触っただけでぐらついて、ドミノ倒しとかジェンガが倒れるみたいにバサバサバサーって!」
神の言葉を聞くやいなや、大河の両肩を掴んで泣き崩れていたカイルの表情は一変して再び、怒りの表情に変わる。
「おい。貴様―――」
大河が声を掛けるがカイルの耳にはまったく届いていない。
「やっぱりテメーの皮! 残らず綺麗に剥いで高値で売りつけてやる!! 狐の姿で覚悟しやがれ! この悪徳クソ狐ぇぇぇぇええええ!!」
大河から離れたカイルは、神の胸倉を掴んでやろうと飛びかかるが、神の反応の方が早くカイルに掴まれる前に避けた。
「祭ちゅわん! カイルくんと楽しい楽しい鬼ごっこが始まるよ!」
「鬼ごっこ!? やるやるっ!」
一目散に、神と祭は庭に躍り出て走り出した。
その後をカイルは人間離れした速さで追いかける。
「待てやコラァァアアアアア!」
ドタバタと境内を、庭を、屋内を走り回る三人を、大河はすっかり冷めつつある茶をすすりながらポツリと言った。
「今日も平和だな……」
そう、いつものことながら、大河は呟く。
「冷めても美味い茶は美味い」
これに美味い茶菓子があれば今の大河にとっては平和そのものだ。
何せ標的は自分ではないのだから。
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