ルシフェル編

第一話

 日ノ国。

 古より他国の文化を取り入れて自国の文化と上手く融合させ、新しいもの、より良いものに昇華、進化をさせることが得意な国である。

 それでいて古きものも大切にし、新しいものと反発し合わない調和力を以て具現化することが出来る職人気質な国民性を持つ。

 いずれをとってもその再現率の高さが世界からも注目され、評価されている。

 その中心部と言えば……光と闇のバランスが取れた都。

 京ノ都である。

 遥か古より都が置かれ、今もなお諸外国と上手く付き合いをしながら、より良い方向で光の如く国を牽引する皇族が京ノ都に住まう。

 一方で闇もまた深い。

 だからこそ、京ノ都には多くの”人ならざるモノ”達が棲んでおり、光と闇のバランスを保ちながら日々、生活をしている。

 それが日ノ国という国だ。


****


 京ノ都、四ノ條は儀園町。

 そこには鮮やかな紅色の大鳥居を構える儀園神社がある。

 一見すれば緑豊かで平和な神社であるが、その実、”人”の侵入を許さない絶対の結界が施されている。

 ”人”と”人ならざるモノ”の世界を両立させた空間が結界の先にあり、”人”を入れないことで光と闇のバランスを取っているのだ。

 普通の”人”は結界があることすらも検知出来ない代物。

 だからこそ”人ならざるモノ”が棲めるのだ。

 結界を通り抜けられる”人”はごく一部だけ。

 その一人がカイル・シュヴェリア。

 魔術師だ。

 ”人”でありながら現在はこの”人ならざるモノ”の空間に住んでいる。

 元々は西方よりゴーストを退治するという目的で来日したが、訳あってこの神社に住むこととなり、仕事を終えて唯一の日ノ国支部に配属となったことで引き続きこの神社の結界内に住んでいるのだ。

 とはいえ……大仕事を終えてひとまずは平和となり日々を暮らすカイルの目下の悩みは……儀園神社に棲む狐の悪戯であった。

 今日も今日とて、神社の母屋にある居間の障子を、スッパーン! と大きな音を立てて開くなり、怒声を発した。


「こんの、悪徳クソ狐ェェェェェェエエエエエエ!」


 居間では、この儀園神社の神主を務める”人ならざるモノ”―――狐である―――儀園ぎおん じんが、最愛の息子であるまつりにマッサージをしてもらっている最中であった。

 暢気である。

 縁側では祭の親友であり、カイルとは神からの悪戯による標的の運命共同体となっている龍神、蒼神あおがみ 大河たいがが大好物の和菓子を食べつつ、我関せずと茶を啜っている。

 一同は特に驚きはしなかった。

 神はにっこりと、祭は小首を傾げ、大河は横目で怒りに震えているカイルを見ている。

 最初に口を開いたのは神だった。


「あはっ。どうしたのかな? カイルくん。そんなに震えて」


 そう言いながら、自分の太腿を踏んでいた祭に、再開を指示する。


「あっ祭ちゅわんっ! そこ気持ち良い~。もっと踏んで踏んでっ!」

「うんっ! パパ!」


 カイルの怒りを意に介さず、神と祭はマッサージを再開した。

 大河だけは溜息を吐きつつ何も言わずに内心で思うだけに留めた。

 どうせまた、神の悪戯を喰らったのだろう、と。

 ズカズカ、と大股でカイルは居間に入る。


「オイコラ。悪徳クソ狐。テメーやりやがったな!?」


 怒りに肩を震わせながら、寝転がって息子から気持ち良いマッサージを受けている神を見下ろし怒鳴る。

 対する神はいつもの笑みで


「さぁ? 何のことかな?」


 と、素知らぬ振りをした。


「何のことか、ちーっとも分かんないなっ。パパ、何も知らないもんねっ。あぁっ祭ちゅわんっ! そっちはダメだって! パパの腰、折れちゃうっ!」


 足を踏んでいた祭が、今度は神の腰に乗ると、神は痛みを訴えた。

 ”人ならざるモノ”であっても老化はある。

 ただそれが”人”よりも速度が遥かにゆったりと流れているだけだ。


「ごめんね~。パパ。じゃあこっち!」

「良いよ良いよ! 流石、祭ちゅわん! 気持ち良いよ~」


 暢気なやり取りに、カイルは口悪く吐き捨てた。


「クソが。いっそのこと折れて死んでしまえ……!」


 怒りに震えてはいるものの、ひとまずは冷静なのか、と大河は横目でカイルを分析する。

 一体何をされたのかは知らないがそろそろフォローを入れておかないとこちらにも怒りをぶつけられたら溜まったものではない。

 さらに言えば、母屋で被害が出ているのなら早急に解決、修繕を行わなければならない。


「まったく。いつまでも騒がしいな。貴様は。先日は、重要書類への落書きだと聞いたが今度は何があった」


 どうせくだらない悪戯を受けていつもの如く、感情を爆発させているだけだろう。

 が、先程もあった通り、母屋に被害が出ていて修繕をしないといけない場合は対処が必要だ。

 それ故に、確認としてカイルに声を掛けているに過ぎない。


「っ……聞いてくれよ大河!」


 神の前から大河の横に移動すると、カイルは口を開いた。

 果たして、何をされたのか。

 修繕が必要か。

 金が出て行く案件か。

 大河はそういった面に頭を働かせながらカイルの言葉を待つのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る