小話 大河の甘味な日常⑤

 弟子が最も得意としている夏向けの甘味が食べたい。

 そう俺が店主に伝えると、店主は少し戸惑った後、小さく頭を下げて出て行った。

 さて……何が出てくるか。

 定番か、それともまったく新しい方向性で来るのか。

 こればかりは神であっても先が見えず、それがまた楽しい。

 しばしして、やってきたのは一人の若い男だった。

 なるほど。

 これが店主の言っていた弟子らしい。


「お得意様とお聞きしました。俺の、最も得意としている夏向けのお菓子が良い、と」

「あぁ。嫌いな甘味はない。何でも良い」


 顔つきは悪くないだろう。


「昔ながらの定番でも良い。まったく新しい甘味でも良い。ここの常連として、試したい」


 少々、嫌な客だっただろうか。

 構うことはない。

 客以前に俺は神だからな。

 美味い甘味を食うことが俺にとっての癒しの時間だ。

 店主が百年に一度の天才と言うほどの才能、存分に俺に見せてくれ。


「では―――少々お待ちください」


 さて……楽しみだ。

 この時ばかりはパパ上の悪戯の数々も、カイルのうるさい怒鳴り声も忘れられる。

 そうして弟子が持ってきたのは―――氷の器。

 中には……これは……


「氷を器とした錦玉羹です」


 美しい。

 もはや芸術品だ。

 見た目だけで合格だ。

 青の彩色は鮮やかで、これは海と星空を見立てているのだろうか。

 これは金平糖か?

 しかし問題は、味だ。

 俺は、美しいその錦玉羹を壊すのを躊躇いつつも、いざ、と向き合った。

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