小話 大河の甘味な日常③
店を出て、振り返る。
年老いた店主が
「いつもありがとうございます」
と悪いらしい腰を折ってまで見送ってくれる。
未だに店を継ぐ者がおらず、店主とその奥方が守っている店。
長らく試行錯誤の末に生み出したからこそ、このように美味しいのだ。
いついつまでも味わいたいと思うのは、神にはあるまじき執着だろうか。
「いつも美味しい菓子をありがとう」
俺は店主に言う。
「いえいえ。晴明様のお知り合いということですので。ですが、それももういつまでこの店をやっていられるか……すっかり私も年老いてしまいましてね」
「閉めるのか?」
「今すぐ、というわけではありませんが時間の問題でしょうな。この通り、爺と婆二人。老いぼれとなってしまいましたので」
「そうか……それは残念だ。最近、パフェやケーキなども導入していたから、まだ続けてくれると思っていた」
やはり“人”とは儚い。
甘味と同じだ。
口に入れた瞬間に、儚く溶けて消えるのと同じ。
長い神生。
それを思えば今この瞬間も一瞬の出来事であるはずなのに、俺はきっと、長い間、店主の顔も味も忘れられそうにない。
「続けてくれる限りは、通うつもりだ。店主の甘味はどれも美味い。店主の店に、後継ぎが来ることを祈る」
「ありがとうございます。弟子が来て頂ければ、また満足のいくお菓子を提供できるように教育をします」
それから数日後、店に後継ぎが見つかったと聞いた。
老い先短いと言いながら、店主は苛烈な教育を施しているらしい。
甘味の世界とは……いや、生きるとは甘い世界ではないな。
そんなことを考えながら俺はこの先も甘味屋に通うのだろう。
続
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