第77話

「ようやく来たか」


 まるで待ち侘びていたかのような台詞である。


「祭を返してもらいに来た。祭の体から出ていってもらおう」

「我にはやることがあるからな」

「ふざけんじゃねェよ。こちとらテメーを倒しに来たんだ。覚悟してもらうぜ」


 睨みつけるカイルと大河に、ハデスは顔を歪ませて嗤った。


「我に敵うとでも思っているのか? 人間ごときと、我から見ればまだ幼い龍神が」

「祭の顔で下品に嗤うのはやめてもらおう。祭はもっと純粋無垢でそれはもう天使のように可愛らしい顔で笑うんだからな!」

「言ってる場合かよ! 何でこんなクソ真面目な場面で惚気られんだ!?」

「俺はいつでも真面目だ」


 性質が悪い。

 前からそうだった、とカイルは思い直す。

 とにかく今は、目の前の敵だ。

 祭の体を操るハデスは手を挙げる。

 すると、わさわさとどこにいたのか人ならざるモノがカイルと大河を取り囲んだ。


「レイキ会にも属していない性質の悪いモノか。いいだろう。片付けても問題はない」

「仕方ねェ。ハデスを倒す前の準備運動がてら片付けちまうか」


 襲い来るモノ達を、カイルは魔術で、大河は刀で次から次へと倒していく。


「オイ大河。背後ががら空きだっつーの!」

「俺の心配より貴様自身の心配でもしていろ」

「このオレが心配してやってんだからな。素直に喜べよ」

「誰に物を言っている。俺は龍神だぞ。貴様もたまにはジャンピング土下座やスライディング土下座でも披露してひれ伏し俺を拝むがいい」


 などと言い合いながらも、二人は協力をして倒していく。


「簡単にくたばるオレ達じゃねェよ。残りはテメーだけだぜ。ハデス」

「このような低レベルなモノを用意する手間をかけるより大人しく祭を返してもらおう」


 大河は冴え冴えと光る刀を祭に向ける。


「フン。貴様に傷つけられるのか? 貴様にとって大切ともいえるこの体を。できるはずがあるまい」

「できるさ。祭は俺を信じてくれている。それさえ分かっていれば、この俺が手元を狂わせることなどあり得るはずがない」


 ハデスは苦々しく思う。

 信じる。

 信じる、信じる。

 信じるとは、一体何なのか。

 死神である自分には不要なものだ。


「貴様らの言う信じる、信頼とは何だ。種族も生まれも育ちも、そも生の長さの違う貴様らが分かり合えるはずなどないだろう」

「んなもん決まってんだろ。いつもの日常生きて、支えて、何気ないことで笑い合ってるだけで信頼なんざお互い勝手にしてされてんだ。種族とか生まれとかどんくれェ生きてるかなんて関係ねェ」

「実際に触れて分かった。互いを認め合えばそこに信頼は生まれる」

「くだらん。違う種族が分かり合えるなど。“人”がそうではないか? 長きに渡り些末なことでいがみ合い、同族で裏切り、一瞬で殺せる兵器を生み出し、殺し合い、今なお互いを認めぬではないか」


 ハデスの言うことも一理ある。

 だから戦争があり、争いごとは尽きないのだ。


「全てが全ての人間に当てはまるわけじゃねェよ。オレは、シエルはもちろんのこと、その他で言えば師匠と大河と、祭ぐれェは信じてやってもいいって思ってる」

「祭は言わずもがな信じている。こいつは昇格してやっただけだ。信頼に足るとな」


 何せ、せっかく知り合い、いつの間にか毎日が何だかんだと楽しくなることが出来る存在―――仲間で、友人となったのだから。

 二人のその言葉に、ハデスの中で何かが蠢いた。

 乱れることがなかった心臓が、突然に動き出す。

 心臓の辺りを抑えて膝をつき、何とか動き出した心を押し留めようとする。

 しかし、止まらない。


「くっ……カー、くんっ……大河っ……!」


 先程とは打って変わり、絞り出すような声が祭自身の口から零れる。


「祭! 意識があるのか!」

「ボクも、信じてるよっ。ずっと、ずっとボク、待ってたんだ……ハーくんを、止めてくれる人。これ以上、ボクは……ハーくんに支配されるわけには、いかないんだから!」


 強く祭が叫んだ瞬間、ハデスの魂が抜け出た。

 黒い霧を纏う姿。

 かつてカイルが見た姿だ。


「くっ……この、ひ弱な精霊如きが神たる我を追い出すとは……!」


 追い出された。

 今まで主導権を握っていたはずなのに。

 魂魄体であるハデスは歯ぎしりをする。

 魂の形成が、まだ不完全だ。


「祭!」


 倒れた祭を大河が抱き起こす。


「大河……ボク、頑張ったよ……? 二人を、皆を傷付けたくないから、だから、頑張ったよっ……!」

「あぁ。お前はよく頑張った。ずっと、俺達に隠してきて、辛かっただろ?」

「大丈夫だよ……ボクがボクでいられたのも、パパがいて、大河がいて……カーくんが来てくれたから、だからボク、ここまで頑張れたんだ……」


 よほど気力を消費したのか、祭は人間の姿を保てず子狐の姿で大河の腕に収まっている。

 カイルは祭の頭を一度だけ撫でた。


「後はオレに任せろよ」

「カーくん……」

「何故だ。何故、我が……生きとし生けるモノ全ての最果てである我が……崇高なる死を司る我が、低俗なモノごときの意志に敗れる」

「終わりだぜ」


 後はハデスを封印するだけだ。


「仕方があるまい。最後の手を使うまでだ」

「なっ」


 ハデスの黒い霧がカイルを覆った。

 無理矢理、扉を開くまでだ。

 冷たく響くような声が耳に届いたと同時にカイルはそのまま意識を失い、倒れ込んだ。

 遠くで大河の声が聞こえたような……そんな気がしたが、意識が闇の中へと引きずり込まれていったのだった。


「くっ……これでは手も足も出ないな」


 大河は唇を噛んで倒れているカイルを見つめる。

 これでは手を貸すこともできない。


「……大河、大丈夫だよ……」

「祭。今はもう喋らなくていい。これ以上消耗をすればお前は人型を取ることでさえ難しくなるぞ」


 分かっている、と祭は頷いたがそれでも必死に言葉を紡いだ。


「カーくん。強いから、きっと大丈夫。ハーくんを助けてくれると思うんだ。……ちょっと話しすぎちゃった。寝ても、いいかな……?」

「あぁ。寝ていろ。目が覚めたらきっとすべてが終わっているはずだ」


 祭が眠ったことを確認すると、大河は溜息をついてカイルをもう一度見た。

 祭が言う助けるとはどういうことなのだろうか。

 まさかここまで来て、彼が助けてくれるというのは?

 そして他に今自分に出来ることは何か。

 今自分が持っている武器と言えば、龍神の力と自身の刀だけ。

 もし今ハデスに憑依されて意識のないカイルに触れればまた、穢れに当てられるだろう。

 だがカイルを助け出せる糸口を見つけるには、今の自分の力と刀をどうにか使うしかない。

 大河は祭を膝に乗せたまま自分の刀を意識のないカイルに握らせて龍神の力を注ぎ込む。


「俺の力を分けてやる。だから、打ち勝ってこい。でなければ、貴様のご飯のリクエストは、今後一切聞かんぞ」


 だから、打ち勝ち帰ってこい。

 大河は自身の身に穢れがじんわりと纏わりつくのも辞さず、とにかくカイルに僅かに回復した神気を送り込む。

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