第76話
「で。晴明」
「何が階段を上がれば邸だって?」
二人の目の前には昇っても昇ってもキリがない程の階段が永遠と続いている。
正直、もううんざりとして階段に座り込んでいた。
傷もまだ治りきっていないからこそ体力だけでなく、気力の消耗も激しい。
「そう言わないでくださいよ。私がこんな状態になってハデスが好き勝手してくれやがったからこそ複雑怪奇なことに……。となれば二人はまず私を目覚めさせることからしてもらわないといけないかもしれないですね。できれば大河の目覚めのキスで」
カイルと大河―――特に大河は、思い切り嫌そうな表情を作った。
そして大河は今にも握りつぶさんばかりの力で晴明を掴んだ。
「こうすれば貴様の本体は永遠に眠れるのだろうな?」
「ちょ、ちょっとそれは……」
「つーか全然辿り着けねェ。どうすんだよ」
大河の手によって締め殺されそうな晴明を見ながらカイルは溜息をつく。
これ以上体力気力を奪われてはいざという時に戦えない。
「カイル、見てないで大河を止めてくださいよ! 本当に締め殺されそうです!」
「身から出た錆だろ? 一回ぐらい締め殺されとけ。つか案内ぐらいしっかりしろよ」
と、カイルの言葉も冷たい。
「大河、そろそろ離してもらえないと……」
「チッ。ひとまず、まだ使い物になりそうだからな」
ようやく解放されて晴明はほっと息をついた。
「ま、小さくなっても天才は天才です」
晴明は大河とカイルに向けて指を複雑に何度か組むと一言、唱えた。
「六根清浄、急急如律令」
その一言だけで、突如カイルと大河は世界が変わったか、反転でもしたかのような感覚を覚えた。
振り向けば、あれほど長い階段がずっと続いているように見えていたのに邸の手前にある鳥居の前に立っていた。
「なんだ。やる時はやるじゃねェか」
「まったくだ。術が使えるなら最初から使え。……おい、貴様。姿が薄くなっていないか?」
大河がよく晴明の姿を見てみると、幽霊のように彼の姿が薄くなりつつあった。
「この身では使える力も僅かなんです。本当なら最後まで二人の案内をしたかったのですが……もしもの為とはいえ僅かな力しか込めていなかったことを後悔しています」
ですが、と晴明は言葉を続ける。
「私のことは後回しでも構いません。祭くんを助けてあげてください」
「もちろんだ」
「悪ィがテメーは最初から後回し決定だからな」
「ちょっと! そこは先に助ける、とか良いこと言ってくださいよ! まぁいいです。カイル、大河。後はお願いします……それから、ハデスの狙いは……」
最後まで言葉を紡ぐことが出来ず、晴明の姿は消えてカイルが腕に巻いていたお守りが自然と切れて落ちた。
「あ! オイ! 今なんて言おうとしてたんだよ! つーか大事なことはちゃんと言ってから消えろよ! 面倒だろうが!」
「仕方あるまい。一応、役には立ったのだ。許してやらんでもない。後は、祭がどこにいるかだな」
それなりに広い邸のため、二人で探し回るのは骨が折れる。
「とにかく、オレの目で見りゃ分かるだろ」
「しかしどうすれば祭と死神を切り離せる? 俺の刀ではもしかすれば祭自身を傷付けるだけかもしれん」
「今考えたって分かるわけねェよ。とにかく行ってみるしかねェぜ」
それもそうかと大河は頷く。
「貴様は引っ込んでおいていいぞ。弱い“人”で怪我人だからな」
「何のために来たと思ってんだ。神様のクセに、怪我神だろーが」
軽口を叩き合うが、二人の表情は真剣だ。
この邸で後は祭とハデスを見つけ出すだけ。
カイルは一度、目を閉じるとゆっくりと幻視の瞳を開いた。
痛みで目を閉じそうになるが今、視えなければ探し出すことなど難しいだろう。
そうなれば邸の一部屋一部屋を確かめながら探すしかない。
「……視えた」
通常の瞳に切り替えてカイルは真っ直ぐと視線を邸の奥へと放つ。
「奥か。大体、思った通りではあるな。確かあの奥には儀式をするための場所があったはずだ。奴が溜め込んでいた資料とやらもやりようによっては無事で済むな。行くぞ」
カイルは頷き、大河と一緒に邸へと入っていった。
中は何の変哲もない。
特に周囲から人ならざるモノが襲い掛かってくるといったこともなく、しかし二人は一応、周囲を警戒しながら先へと進んだ。
いつ、何が起こるか分からない。
かさり、こそり。
何かが様子を伺っているのは気配で分かるが、手出しはしてこない。
「放っておけ。龍神の俺に対して手出しが出来ない弱いモノ達だ。相手にしていたらキリがないぞ」
長い廊下をひたすら歩く。
邸は薄暗く、静かなのが不気味であった。
奥に近付くにつれて穢れが強くなってくる。
カイルが大河の顔色を窺ってみれば、少々、青白い。
長い時を過ごした死神の方が、力が勝っているため、まだ生まれてさほど経っていない若い龍神の力は気圧されてしまうのだ。
「オイ、大河」
「今更帰れ、と言うのならもう遅いぞ。何度も言うが俺は祭を助けるために来たんだ」
一歩も引こうとはしない。
「あの奥にいるみてェだな」
漆塗りの重厚な扉。
二人は再度、目を合わせて頷き合う。
ハデスを倒して祭を助けるために。
「思えば、不本意な形で貴様と知り合ったが……今は良かったと思っている」
「不本意なのはオレの方だよ。しょっぱなからオレの杖でオレの首に引っ掛けただろ」
あれは本当に事故だと大河はあっさりと言う。
「だが出会ってくれてありがとう、とでも言っておく」
「何だよいきなり。死亡フラグとかやめてくれよ?」
おそらく、大河が死んでしまうと大変なことになりかねない。
先日、倒れた時も相当な騒ぎとなっていたらしい。
「この俺が貴様を認めてやっているんだ。そこは喜んでおけ」
「本当に上から目線だなオイ。神様だからってよ」
「神だからな。……長い一生の中でこれほど人間と近く接するのはおそらく、これが初めてで最後なのだろうなと。ふと思っただけだ。我ながらやっていることが“人”と違いがないとは、何とも言えんな。だが、祭と、貴様がいる間であれば、この世は悪くはないと思っている」
こんな時にと思ったが、こんな時だからこそ口に出したかったのだろう。
「とにかく、先へ行くぞ」
「テメーが仕切んなって」
大河とカイルは扉の前に立つと、その扉を思い切り開いた。
広い部屋の奥。
そこにいたのは祭―――ハデスだった。
「ようやく来たか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます