第75話
綺羅々に連行される神の後ろ姿を見送り、カイルと大河は顔を見合せる。
「なぁ、大河―――」
「ここで待っていろ、などと言ってくれるなよ。人間如きが一人で責任を背負うなと言ったはずだ。目に入らないモノから一応、友に昇格してやったんだ。祭を助けに行くからというだけではない。理由があろうとなかろうと貴様と共に行ってやる。貴様が死んだら目覚めが悪いからな」
真っ直ぐな大河の瞳。
カイルはあまりにも真っ直ぐ過ぎて、目を逸らす。
祭がどうでもいいわけではないけれど、第一優先は任務なのだ。
「貴様の任務など知ったことではない。だが、任務があろうとなかろうと、貴様は行く人間だろう?」
「テメーが思ってるほど、オレは良い人間なんかじゃねェよ。弟のことと任務でもあるから、だから行くだけだ」
大河はそれ以上言わず
「そうか」
と返しただけだった。
「とにかく、貴様にどんな理由があろうと俺は貴様と一緒に行ってやる。助けてもらった礼だ。有難く今の内に俺の心配りを受け取れ」
「心配りは口で言うもんじゃねェだろ。しかも心配りになってねェし、そもそも心配りなんかじゃねェよ。……本当にいいのか? 次、その刀が折れたりテメーが今以上に大怪我したりなんかしたら」
「覚悟の上だ。言っただろう。祭のためでもあると。次は簡単に折られるような無様なことになど、そう簡単にはさせん。将来的に俺はこの界隈の水を守るのだからな」
神社の鳥居の前に、カイルと大河は立った。
問題は、その晴明の屋敷の中へと突入できるかどうかなのだが……今は行ってみる他に出来ることは無い。
「んじゃあ行くぜ?」
「貴様の方こそ覚悟を決めていろ。“人”なんぞ、簡単に死ぬのだからな」
「心配される程そう簡単にくたばらねェよ。しつこいのも、“人”だからな」
同時に、二人は駆け出して鳥居をくぐり抜けた。
目指すは晴明の屋敷。
ここから走って階段を登り切ればそう時間はかからないだろう。
たとえ傷の痛みがあったり血が滲んだりしても、目の前の目標を超えるためならば少しも痛くない。
近付けば近付くほど、カイルは目にも痛みを感じ始めた。
「一応、着いたぞ」
そこは以前、晴明に呼び出された時にカイルが入り込んだ小さな神社だ。
晴明神社と彫られていることに今更ながら気付いた。
「ふむ……いつもの入り口ではなくなっているな」
「どうやって入るつもりだよ。確か入れないだか邸が視えないだとか言ってたよな?」
それが今は普通に、通り抜けが出来そうである。
大河に問うが、大河も神社を前に考え込んだままだ。
異空間に繋がっているのは間違いがないが勝手に入り込んで抜けられなくなってしまっては本末転倒である。
こういう時にこそ、邸の主である晴明が無事であったなら―――
「はーい。天才陰陽師、ただ今出現しました!」
「は?」
聞き覚えのある声に、大河とカイルは周りを見渡す。
だが誰もいない。
今の声は確かに晴明の声だ。
「ここですよ、ここっ。こっこでーす。ほら、カイル」
カイルは以前に晴明からもらい腕にはめていたブレスレット型のお守りを見た。
お守りから生えているように小さな晴明がいた。
「精霊晴明でっす。ふふっ。イケメンは大きくなろうが小さくなろうが、イケメン……うぉう!?」
「あっぶね!! 大河! テメーオレの手首まで落とす気か!」
「手首の一つや二つで人間など簡単に死なん。手首を落とした瞬間に傷口は縛ってやる。というかあまりにも聞きたくない声が聞こえて来たのでな。ついうっかり貴様の手首ごと落としたくなった」
それはうっかりではない。
衝動というものだ。
「ちょ、囚われの私を助けにも来てくれたんでしょう!?」
「やめろって! 刀を振り回すんじゃねェ!」
「悪いが祭……とカイル以外はどうでもいい。晴明。貴様は害虫だ。別に貴様を助けに来たわけではない」
「オレも入ってんのはちょっとくらい嬉しがってやるけど、どうでもよくないのなら手首落とそうとするのはヤメロ!」
「酷いですよ大河! あんなにも愛し合っていたじゃないですか!」
愛し合った記憶など微塵もない。
大河はきっぱりと晴明の言葉を一刀両断にした。
「カイル。早く手首を差し出せ」
「それだったらこのお守りだけにしてくれ! オレの手首まで落とす必要はねェだろ!」
「大河待ってください! あの狐の子倅、助け出したいんでしょう!? 仲間割れはやめましょう! ね? ね? 私が案内しますから! まだ私、役に立ちますから!」
案内、と聞いて大河も渋々、刀を治めた。
二人で延々とどうやって辿り着けるかを考え迷いながら先を進むよりは案内係がいた方が効率良い。
「チッ。いいだろう」
「さすが大河! ハデスに乗っ取られたといっても自分の邸ですからね。さ、カイル。大河。行きましょう。手を繋いで下さい。そしたら、この結界は前の通り、普通に通り抜けられます。そうれば邸まではいつもの階段だけです」
目の前に伸びる階段を、二人は頷き昇り出した。
****
「いいな~。大河もカーくんも晴明さんも楽しそうっ。あっしかも大河とカーくん、お手手繋いでるっ」
「……眠らせたと思っていたが?」
「一瞬寝ちゃったけどね、でも今ハーくんと話をして止められるの、ボクしかいないもん。だから、寝ていられない。大河とカーくんの邪魔はさせないよ」
止める、と聞いてハデスは笑った。
「我を止めるだと? 現に貴様より優位に立っているのは我ではないか」
それをどうやって止めるつもりだとハデスは祭に言う。
だが祭の答えはすぐに戻ってくる。
「ボクだって、ずっと何もしないでハーくんを抱えてたわけじゃないよ。前はハーくんを止める力が足りなかったけれど、今は違う。ボクと、大河と、そしてカーくんの力がある今ならハーくんを止められるって信じてる」
「くだらんな。そんなちっぽけな力など、長く生きた死神にとっては取るに足らん」
そんなことはない、と祭は反論をする。
「そんなことないよ。力って凄いんだから。一人きりでいようとするハーくんよりも」
「ほぅ?」
それがどうした、とハデスは祭に問う。
「どんなに小さな力だとしても、集めればすごく、すごく強くなるんだから。それがボクと、大河と……それからカーくんが来てくれたことでもっとすごい力になるんだ」
祭は信じて疑わない。
カイルが来た時のことから今までのことを振り返る。
神とかくれんぼをしていてカイルを見つけた瞬間、思わず飛び降りた。
彼なら、自分の心の片隅に在るハデスをどうにか止められるという確信があった。
「だから貴様はあの時に」
「そうだよ。ボク、カーくんを見た瞬間にこの人だって思ったんだ。やっと辿り着いてくれたって。レイキ会にも、パパにも、大河にもずっと何も言えなかったけれど……だから今ここで、ボクに出来ることがあるんだよ」
さらに祭は言葉を続ける。
「今ここでハーくんと話をしながら大河とカーくんが来るのを信じて待つのがボクの力。龍神の力が大河の力。それから、カーくんのえっと、魔術だったかな? がカーくんの力。それに、晴明さんだっているもん。大河もカーくんも晴明さんもすっごく心が強いんだ。だからすごい力を持ってる。ハーくんには絶対負けないよ」
くだらない。
何度もこんな話ばかりが続く。
自力で形を保てるだけの力が戻れば、すぐにでも仮初の体としている祭を引き裂く。
そうハデスは心に決めて祭を今度こそ、強制的に眠らせた。
「天へ続く門を開き、天の神々に復讐をする。……待っていろ」
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