第74話
「大河、淹れてやった……げっ」
何故、いる。
「カイル、私にもココア淹れて来て~」
「カイルくん。パパもココア欲しいな~」
「下僕ナンバー53241、当然私の分もあるのだろうな?」
いつの間に。
台所に向かってお湯を沸かして、そう時間が経っていないにも関わらず、どういうタイミングで顔を揃えているのか。
ヤトや神は分かる。
この敷地内にいるのだから。
問題は綺羅々だ。
「私がいてはおかしいか」
「おかしいも何も、何のためにここまで来るんだよ!」
指を指せば、黙れと綺羅々にピンヒールで蹴られてグリグリと踏みつけられる始末。
「で、体の調子はどうだ」
「そこに転がっている馬鹿のお陰で少しは楽になった」
「そうか。貴様の両親から預かった。私が直々に持って来てやったんだ。受け取れ」
綺羅々は大河の刀を放り投げた。
それを当たり前のように大河が受け取ってみると、前よりもその刀は手に馴染んだ。
これで、祭を助け出すことができる。
まだ治りきっていない怪我なんてどうにでもなる。
早く、祭を助けに行きたい。
そんな思いを込めながら、大河はギュッとその刀を握りしめた。
「いやーでも良かったよ。大河クンがすぐに目を覚まして。カイルったら眠ってる大河クンにあんなことやこんなことを……」
「してねーよ。勝手なこと言ってんじゃねェクソ狐。熱々のココア、頭からぶっかけた上に目ん玉と鼻の穴にも注ぎ込むぞ」
「酷いよカイルくん! パパにはそんなことされる覚えはありません!」
「あるだろ! 今の発言だけじゃなくて行動面でも色々と! ドヤ顔で覚えはねェと発言するとかどんだけ厚かましいんだよ! 石膏並のデスマスクでも装着してんのか!?」
カイルはこれ以上弄ばれるのは勘弁したい、と大河にココアを渡すと残り三人の分のココアも淹れに台所へ戻った。
それにしても、と考える。
大河の目が覚めたのはいいが、後は祭だ。
無事なマグカップをやっとのことで発掘をすると、カイルはすぐさま淹れて部屋に戻る。
「で、結局ハデスがどこにいるのか分かってねェんだろ?」
「紫月に調査をさせた。やはり奴は晴明の屋敷を根城にしたようだ。おそらく、無事かどうかは知らんが無事であれば晴明もいるだろう」
晴明の屋敷は異空間に繋がりやすい。
以前に晴明を襲った時に乗っ取ったのだろう。
「奴の屋敷がどうなろうと構わんが、奴が所有している資料は困る。何だかんだと引きこもりなんぞをやっているから貴重な資料をわんさか溜め込んでいるからな」
派手に暴れるなということらしい。
相手がどう出てくる次第だが、とカイルは口に出さずにおいた。
またあのピンヒールで蹴られたり踏まれたりされるのは嫌だ。
「さて。じゃあカイル、後はよろしくね」
「って師匠は何もしねェのかよ」
「さっき上に呼び出されちゃった。私は中間報告も兼ねて一度戻るよ。カイル。これは君にとって今までで一番大きな仕事なんだ。君ならできるよ」
何だかんだ言いながら、ヤトはしっかりとカイルに心を伝える。
彼の肩を叩きヤトはさっさと出発の準備を整えた。
「頼んだよ。カイル。師匠として、信頼をしているから。じゃ、そーいうことで!」
そう言ってヤトは神社を出たのだった。
逃げた。
いや、逃げられた。
だがヤトの力も別に借りたいとは思っていなかったからさほど腹は立たないが……釈然としないとカイルは心の中だけに留めた。
「後は祭ちゅわんの救出だね! 二人はいつ向かえそう?」
「パパ上。俺はいつでもいけます。怪我を完全に治しているだけの時間はありません。早く祭を助けに行きたいんで」
「オレもいつでもいいぜ。とっととケリつけてェからな」
「じゃあ今すぐにでも! もちろん、パパも―――」
行く、と言おうとしたがそれを遮ったのは綺羅々だった。
「貴様はレイキ会に来い」
「何で!? パパの大事な大事な祭ちゅわんを助けに行かないといけないのに!」
「阿呆。その頭は中身のない野菜で役立たずの飾りか。壊れた神社の修復についての打ち合わせもある。それに、父親ならば息子が帰って来た時に出迎えができるのようにしてやれ。私なりの心遣いだ」
「さすが綺羅々ちゃん! パパ感動しちゃった!! うん。じゃあカイルくんと大河クンに任せちゃおうかな。全力で預けちゃうよっ」
確かに壊れた神社の修復もしないといけない。
それをするには紫月の所にいる煉の力も借りることになるだろう。
特に天は馬車馬の如く働いてもらわなければ。
祭が帰ってくるまでに修復して、出迎えてやればきっと自慢の息子は喜ぶに違いない。
大河と、カイルと、三人一緒に出迎えてやろう。
神はそう思いながらカイルと大河に祭のことを任せる。
「あ、でもパパの可愛い可愛い祭ちゃんに怪我一つでもあったら二人は切腹だからね!」
「貴様に無駄口を叩いている暇はない。狐鍋にするぞ」
「うっ……狐鍋だけは勘弁してよ。でも、まさか綺羅々ちゃんに心遣いなんてものが存在していたなんてパパちっとも知らなか……あ、いっけなーい! うっかり口を滑らせちゃった! あ、あはっ。ごめんね、綺羅々ちゃんっ。悪気はちっともないからねっ。だからさ、そのさ……き、狐鍋は……」
余計な一言。
あわれ。
神は逃走に失敗し、綺羅々のピンヒールの餌食となり、気絶をしたまま彼女によって連行されてしまったのであった。
****
一方、ハデスに乗っ取られた祭はようやく自分の意識を取り戻した。
「ねぇ、やめようよ。こんなこと」
ずっと語りかけていた。
自分の中に入り込んできた彼。
入り込まれた瞬間に、ハデスが何をしようとしているのかを知り、止めようと思って受け入れたのだ。
それ以来、誰にもこの話をせずに説得を繰り返していた。
相談しようと思ったことは何度もあるがその度にハデスに邪魔をされてきたのである。
「相変わらずうるさい。その言葉は何度も聞き飽きている」
「ボクの大切な大河にカーくんまで傷付けてまで、やりたいことなの? ねぇ、ずっと聞きたかったんだけど、どうしてカーくんを狙ってるの?」
祭の問いに対してハデスは黙り込む。
「扉を開くためだ」
しばしの間を置いて、彼が答えたのはそれだけだ。
扉とはなんぞと祭は首を捻るがきっとそれ以上は答えないだろう。
そこそこ長くハデスと一緒だったからよく分かる。
「ボク難しいことはよく分からないけれど、ハーくんはどこに行きたいの?」
「いい加減ハーくんなどという呼び方はやめろと何度言った。黙って眠っていろ」
「嫌だよ。ボク、誰かが傷付くの見たくないもん! ハーくんはただ、もう一度大切だった人に逢いたいだけでしょ? その為だけにこんな風に皆に迷惑、かけるのはダメだよっ」
ハデスは有無を言わさず祭を強制的に眠らせる。
今はまだ祭の体でしか身動きが取れない。
先日襲った陰陽師の魂さえあればこの世界でも自分の姿を保ち自由に動けるようになると思うが、眠っている晴明の結界で手を出すことができないのだ。
次の夜―――月が満ちる夜に扉を開くことができれば……。
「カイル・シュヴェリア。その力で扉を開かせてもらう」
そして天の神々に復讐を。
「長い時を待ったのだ。精々その力、利用させてもらう」
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