第71話

 紫月は神に向き直ると、唇を噛みしめる神の肩を叩いた。


「本当に昔からだけど大人気ないよ。少し頭を冷やしたまえ」

「だって本当のことだもん。そりゃパパだって祭ちゃんがあんな大きな隠し事してるなんてちっとも気付けなかったし、バカ天狗に憑依したハデスなんかに押されてたし。でもカイルくんもカイルくんじゃない。事が大きくなって負けて」

「神さん。少し冷静になって考えてもみなよ」


 ヤトはカイルの包帯を取り換えてやりながら二人のやりとりを聞く。


「カイルは“人”だよ? 普通の“人”より少しばかり魔術が使えるだけの。でもただの“人”」


 その言葉に、神ははっと気付く。

 確かにそうだ。

 彼がこの神社に来てそんなに時間が経っていないというのに、もう随分と長く一緒にいるような気がしていた。

 だがカイルは人間だ。

 自分よりも遥かに年下で、“人”の中でもまだ子供といえる年齢の。

 そして、自分達“人ならざるモノ”よりも早くに年老いて去っていく。

 神は唇を噛みしめて俯き黙り込んでいると、バタバタと走ってくる音がした。


「神ちゃん! 大河が大怪我をしたってどういうことですの!?」


 思い切り障子を開き、仁王立ちになっているのは蒼司を引っ張ってきた流雨である。

 一体どういった連絡手段で耳に届くのかはまったく不明な程、耳が早い。

 突然の訪問に神も驚く。


「どういうことなのかと聞いていますのよ?」

「流雨ちゃん、ちょ、ちょっと落ち着いて! ていうか穢れは大丈夫!? ちゃんと説明するから」


****


 ひとまず龍神の二人は出来る範囲で穢れを祓い、すっかり神達から話を聞き終えた流雨と蒼司はようやく状況が分かったと口にした。


「誰かを確かに責めたくなるな。だが神」

「蒼司の言いたいこと、わかってるよ。多分、紫月ちゃんが言ったことと同じことを言うつもりでしょ」


 不貞腐れたように神は蒼司の言葉に重ねて口を開いた。


「それにしても、良くない状況だね」


 ヤトはぽつりと呟いた。

 立ち向かうべきカイルも大河もボロボロ。

 よりにもよってハデスが憑依していたのは祭で、その祭がどういう理由でずっと黙っていたのかも不明。

 晴明も行方が分からないまま。

 恐らく、姿を消したハデスは晴明の屋敷に立てこもっているのだろうが、その屋敷も今や認識できない状態だ。


「何度も言うけど、こういう重たい空気、ボク苦手だな」

「紫月ちゃんはちょっと黙ってた方がいいよ。空気ぶち壊しちゃうから。はぁ……パパの可愛い可愛い祭ちゃん、大丈夫かな」

「きっと大丈夫ですわ!」


 溜息をついた神に言い切ったのは流雨である。

 あぁ見えて祭は心が強い子だと。

 それは父親である神が一番よく知っていることではないのかと言葉を続ける。


「それにしてもブラック祭ちゃん、見てみたかったですわ。大河やカイルちゃんにあんなことやこんなことを……」

「あはっ。流雨さんって相変わらずだねっ」


 せっかくいいことを言っているのに、結局ぶち壊しだ。


「お前……そんなことを言っているような状況では」

「あら、あなた。必要ですわ。心のオアシスでもの!」

「まぁ、こんな状況だし。妄想も一つのオアシスといえばそうかな。うん。必要だよね」

「蒼司。選ぶべき奥さん、間違えたんじゃない?」


 ヤト、神が蒼司の肩を叩く。

 こんな時でも流雨の思考がボーイズラブに走っていて紫月も必要なものだと同意するとは。


「わたくしは緊張感をほぐして差し上げているんですわよ。皆が気鬱になっていたら大河達の良くなるものも良くなりませんわ。それに、どうにかして大河の穢れを取り払って神気を取り戻さないことにはどうにもなりませんわよ。わたくし達とて、どうなるか……」

「流雨さんの言う通りだよ。とはいえ、穢れをどう払うかだよね。さっきある程度、流雨さん達が祓ったとはいえ一時しのぎ。ボク達だけの力では結構、難しいね」

「確かに。うーん、私も聖水を持っていれば足しにはなったかもしれないけれど、光属性のカイルの力を借りるのが一番効果的。とはいえ、今聖水なんて持っていないし」


 それに、カイルも今は体力も気力もない状態だ。

 仮にカイルの怪我がいくらかマシでも動ける程度では回復量に違いが出る可能性が高い。


「大河クンの一部でもある刀が粉々に壊れているから、すぐの回復も難しそうだし」

「とりあえず、ボクはレイキ会に報告に行ってくるよ。義理姉様も、そろそろ落ち着いた頃だろうし。流雨さん達も一緒に来て神気を分けてくれそうな神様の紹介をしてくれると嬉しいな」


 紫月は立ち上がり、蒼司と流雨に言葉をかける。

 二人は頷き紫月と連れ立ってレイキ会へと向かった。

 彼らを見送り、残ったヤトと神はひとまず溜息をついた。


「さて。確かに気鬱になっている場合じゃないよね」

「それにしてもヤトさん、本当とんでもない人間送り込んできたよね」

「私じゃないよ。上の人間が勝手にだもん。ま、でも私はカイルがここに来れてよかったんじゃないかなって思ってるよ」


 弟を助けるためだけに自分の地獄の特訓にも耐え抜き才能としては申し分ない。

 仕事とはいえ日ノ国に来てこの場所に辿り着いたことで自分達としてはやはりカイルだけでなく大河や祭もいい関係を築けているのではないかと思う。


「楽しい時を一緒に共有して、苦しい時はお互いに支え合える。悲しい時は誰かが誰かを慰めることができる。生の差はあれどもそんな関係になっているんじゃないかな」

「うんうん。いやー本当カイルくんが来てくれて毎日楽しいよ。うん。確かに気鬱になってちゃ良くないよね。祭ちゅわんを早く助けに行きたい気持ちはあるけれど、大河クンとカイルくんがいなくちゃ意味ないのなら……お酒でも飲んで待ってようか! 陽の気は大河クンにとって良いだろうからね!」


 それはいい、とヤトも笑った。

 どうやら台所も無事のようだから冷蔵庫だって無事のはず。

 アテでも作って待とう。

 そういうことになった。


「カイルが居着いちゃうの、わかるな~。あ、違った。抜け出したくても抜け出せないんだった」

「あははっ。神社の掃除から洗濯に買い物、食事の準備。家事のフルコースを絶賛出血大サービスでついてるからね」

「今回のことが終わったらどうなるか分からないけれど、これからもカイルのことは頼んじゃおうかな」


 これからのことは全て終わってから。

 祭が無事に戻って来てから話し合おう。

 そうしてヤトと神は、先程の重たい空気を吹き飛ばすかのように、未だ眠っているカイルと大河の枕元で宴会を始めた。


「んー。日ノ国のお酒は美味しいね」


 アテには大河が買い物で買っておいたらしい、ししゃもがあった。

 そして神が大河に内緒で買っておいた秘蔵の高級スルメ。

 台所が壊れていないことが奇跡だ。

大河達が買い物をしていたらしい食品は冷蔵庫に収めておいた。

七輪でししゃもを焼いて酒と一緒に。

 日ノ国酒の芳しい香りにピッタリと合う。


「そう! 日ノ国は素晴らしい国だからね!」

「あはははは! 神さんのその妙にダンディーな顔、すっごく面白いんだけど」

「妙にダンディーじゃなくて、ダンディーなパパだよっ」


 神とヤトが宴会を開いていることも露知らず。

 カイルと大河は未だ眠り続けているのだった。

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