第68話
祭の姿をした―――ハデスに髪を掴まれたまま、大河はただカイルが彼に吹っ飛ばされて気絶をするのを見ているばかりだった。
まだ神々の世界では幼いとはいえ、何故、守れないのか。
悔しくて。
痛くて。
長く一緒にいた祭のことにさえ気付けなかった自分が腹立たしくて。
「その神気、いただこう」
さらにハデスが力を籠めると、まるで繋がれたかのように彼の手から気を奪われていく感覚が襲う。
このままでは神気全てを奪われてしまう。
それでも抵抗ができなくて。
もうこのまま、祭を助けることも、自分よりも小さな“人”という存在に何かしてやることもできないのか。
だがその間にも神気はどんどんと奪われていって……もうダメかと諦めた瞬間だった。
無意識に、伸ばした手が自分の髪を掴む祭の手に触れると、何かが祭の手を弾いたのである。
突然、解放された大河はそのまま地面に倒れ込んだ。
「なるほど……彼の者の守護か」
くずおれると同時に霞んでいく大河の目に映ったのは、晴明がくれたお守りである。
何だかんだと言いながら結局身に着けていたものが、今ここで役に立ったのである。
心底、好きになれない相手ではあるが今この瞬間ばかりは、神ではあるものの大河はお守りも捨てたものではないと、ともすれば失ってしまいそうな意識をなんとか保つ。
一方のハデスは、弾かれた手を忌々しげにさすりながら目の端で大河が落とした刀に目を付けた。
ハデスが離れていく。
それだけでも大河にとっては少しばかり安心をしてしまった瞬間である。
「そういえば、聞いたことがあったな」
遠くでハデスの声が聞こえる。
「龍神の一族は、神気を纏った己の鱗の一部を使って刀を鍛えると。では、これを砕けばどうなるか」
沈みかけた意識が引き起こされる。
刀まで―――己の一部まで壊されるわけにはいかない。
立ち上がり刀を取り戻そうとするが痛みのあまり、うまく体が動かない。
それに触れるなと声を発するどころか体を動かすことすらできなくて。
「やめ、ろっ……その、刀は―――」
触るなと。
何とか必死に痛みをこらえて立ち上がり、刀に飛びつこうとした瞬間だった。
パキン。
と、儚い音を鳴らして刀が真っ二つに折れた。
同時に、大河は自分の中の何かが、折れた気がした。
光と闇の反発。
長く生きた闇に、生まれたばかりの光が敵うはずもなかった。
一瞬、起き上がって走ったのが噓のようだ。
「ぐ、ぁ……あぁぁぁあああああ!!」
悲痛な声を上げて、大河はそのまま地面に倒れこんで意識を失った。
それを見届けるとハデスは大河には用が済んだとばかりに興味を失った。
まだ、弾かれた手が痛む。
元の体であれば痛みを覚える前に修復ができたものを。
やはり精霊レベルに達しているかどうかも怪しい狐に憑いたことが間違いであった。
「晴明とやらが邪魔をしなければ、神気を根こそぎ奪えたものを。まぁいい。今の内に―――」
次に目を向けたのはカイルである。
これ以上、現世に留まってなどいられない。
早く、天の門を開くのだ。
そうすれば自分は―――
カイルに手を伸ばした瞬間だった。
結界がそれを阻んだ。
「結界だと?」
「はーい。そこまで。これ以上は危害を加えさせないよ」
寸でのところで結界を張ってカイルの身を守ったのはヤトだった。
「やっとしっぽを出したかと思えば、まさか祭くんに憑いていたとはね。てっきり、神さんかとばかり思っていたよ」
相手が誰だろうが関係などない。
魔術師として。
カイルの師匠として。
ここで相手を封印する。
カイルだけでなく大河までもが倒れている以上、自分の力のみでハデスを封印しなければならない。
魔術協会の中では弟子をとることができるとはいえ、全体から見れば魔術師として大したレベルでもない自分に、何千も生きた彼を封印できるのか。
そんな迷いを振り払う。
カイルの援護があればともいう思いも。
今、この場所に立っているのが自分一人しかいない以上、自分一人でどうにかするしかない。
ヤトは入念に、しかし素早く術を構築する。
だが、ハデスの引きは早かった。
「今日のところは退散しよう。体を手に入れ完全体に戻るのにしばしの時間が必要となるからな」
ハデス―――祭は、そのままあっさりと身を引いてどこへやら姿を消した。
普通のゴーストならばすぐにその気配を追うこともできるが、目の前に倒れているカイルと大河を放っておくこともできない。
さすがは何千年と生きている神。
その痕跡を残さず姿を消してしまったのである。
祭は、今の所諦めるしかない。
降りしきる雨の中、ヤトは詰まっていた息を吐きだす。
「私が、もっと早く駆け付けられたら―――」
見た所、カイルも、そして大河も重症だ。
特に大河。
己の鱗から鍛えた刀―――繋がりがあるからこそ、カイルよりもおそらく大きなダメージをくらっていると思われる。
刀が折れたことに加え、酷い死の穢れが大河に纏わりついている。
早くどうにか祓わなければ大河の命そのものが危険な状態だ。
静かに、ヤトはカイルを担ぎ上げると壊れていない部屋に運び込み、続いて大河も運び込む。
また、彼の折れた刀の破片も目で見える限りはすべて回収した。
「まったく、本当に大変なことになっちゃったな。神さんは大丈夫かな。紫月ちゃん達が上手く合流できていればいいけれど」
呑気な口調で言うが、ヤトの表情は少しも笑ってなどいない。
怖いくらいに、真剣な表情だ。
降り続く雨はさらに勢いを増していく。
「さて。私は私にできることをやらなければね」
カイルはもちろん、大河も、命を落とさない程度に処置をしなけれればならない。
カイルならまだしも神―――龍神の処置などもちろん、わかるはずがない。
魔術師協会本部に保管されている神水があれば完全回復とはいかないだろうが、ある程度回復は早いだろう。
生憎と神水は持ち出しするには許可が必要で、今すぐ取り寄せることもできないのだが……。
きっとリトに連絡を取ったとしても許可が下りるかどうか。
下りたとしても間に合わないだろう。
神社なら井戸があるかもしれない。
もしくは周囲から少しでも神水に近いものを探し出す方が早い。
その点については、カイルが日ノ国の京ノ都に派遣されたと知った時、何かの役に立つかもしれないと探しておいたのだ。
今、それが役に立つ。
「絶対に、死なせないよ。君達はまだ、祭くんを助けてもらわないといけないのだから」
ただ、分からないのは、祭は何を考えてハデスを受け入れ、レイキ会だけでなく神や大河にまでその存在を知らせず自分の中に留まらせていたのか。
「もし祭くんが無事に戻ってきたのなら、その辺りもちゃんと聞かないとね」
そう呟きながら、ヤトはカイルと大河の傷を手当しながら勢いを増す雨降る外を睨みつけるのだった。
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