第67話
「最初から、分かってたのかよ。テメーは」
浮き出た汗を拭い、カイルは痛みをこらえて立ち上がる。
薄暗い廊下から姿を現したのは―――
「祭!?」
祭を取り巻く妖しいオーラが彼の体を操っているのか、祭は意識がないらしく大河の言葉に反応もしない。
「は、はは……ようやく分かったぜ。ハデス。テメーは最初から、オレをこの神社に呼び寄せるために、ワザと妖気の渦をここに作ってやがったんだな」
日ノ国に来て、古都である京ノ都なら何か手がかりがあると思って訪れたカイルは、まんまとハデスがおびき寄せるために出していた妖気の渦に引っかかった。
最初の最初。
この神社のことを伝え、姿を消した少年も、彼が一時的に操っていたのかそれとも彼が作り出した幻にすぎなかったのだろう。
「いつから祭に憑依してやがった」
だが相手は何も答えない。
「前に祭を襲った時からか?」
「何だと……?」
もしそうなのであれば、龍神である大河が気付かないはずがない。
自分の父も母も。
祭や神のようなモノの発する気のせいなのだと。
ずっと思っていた。
今だって信じられない。
そんなに長い間、祭は一人でハデスを抱え込んでいたということなのだから。
「貴様っ祭から離れろ!!」
大河は刀を抜いてハデスと思われるオーラを斬りつけようとするが、形を変えるそれは大河の刀で斬ることはできなかった。
見えない力に阻まれ、大河は即座に離れて目の痛みに蹲るカイルを抱えて庭まで疾走する。
家の中では、刀は不利だ。
だが祭の体を使うハデスはすぐに二人に追いつく。
小脇に抱えたカイルを降ろすと、体勢をすぐさま整えて大河は祭には傷付けないようにしながら突きや斬りつけを繰り返す。
だが何度やっても祭を取り巻くハデスのオーラは形を変えるばかりで一向に離れない。
祭のようで、祭でない、ハデスと思わしきモノが嗤った。
「我の魂が、数百年生きた程度の龍神如きの刀で斬れるはずがない。我はずっと機を伺っていたのだ。天の門を開くことができるモノがここに来るのを。そしてお前がやってきた。何たる僥倖か。カイル・シュヴェリア。だが今は天の門を開く時ではない。しばしの間をおいて、貴様には役に立ってもらう」
「テメーなんかの役に立ちたくなんてねェよ。とっとと祭から離れろよ」
痛みを堪えてカイルも大河と共に参戦した。
祭は、ただ巻き込まれただけだ。
だがハデスは……祭の顔で、歪んだ笑みで高く、笑った。
「こやつは共犯者だ。我の魂がこの地に漂着し、こやつが結界である扉を開いた時点でな。こやつはあの時から、我が己自身に憑依していることを知っていた。知っていながら、今の今までずっと黙っていたのだよ!」
自分達、父親にすらずっと黙っていた。
本当ならばハデスに意識を乗っ取られたままであってもおかしくないはずなのに。
カイルと大河がそれぞれに攻撃を繰り出しても、ハデスのオーラは徐々に祭と重なっていく。
ということは、意識は祭のものではなく、完全にハデスのものになってしまうということだ。
下手をすれば祭自身はハデスに喰われて消滅してしまう。
「クソッ」
攻撃を繰り出しても避けられてしまう。
だからと言って直撃の攻撃を出してしまえば、祭がどうなってしまうのか。
分からないからこそ、カイルと大河の攻撃の手はどうしても緩んでしまう。
祭を助けてハデスをこの場で討ち果たす。
頭では分かっているのに。
「チッ……。駄目だ。完全に憑依された! こんな時にパパ上は一体どこで何をしているんだ。大事な時に限って役立たずとは」
神がいれば、祭に憑依していたハデスが今、暴走することはなかったはずだ。
いくらハデスに憑依されているからといって祭に手出しをするはずがない。
今この場にいないということは彼はすでに晴明のようにやられてしまったのだろうか。
「あの目障りな狐ならば、今頃我の一部に誘われ森の中だ。たとえ戻ってきたとしても間に合うはずがない」
「晴明のヤローはどうした。あいつの体でも操ってくれてんなら、今すぐにでもテメーの面ごと思いっきりぶん殴ってやれんのによ」
何度も舌打ちをしながら、カイルは力を使える限り祭とハデスを引き剝がせるに足る魔術を込める。
だがそろそろ限界は近付いていた。
魔力も無限ではないのだ。
「こんな所で、倒れて堪るかよっ! シエルに生かされた命使ってでも、オレは今、テメーを祭から引き剝がしてやる!!」
「シエル? あぁ、彼の者の力は素晴らしかった。天の門を開けるほどではないにしても、我を満たすには十分の力があった。だからこそ。だからこそ今、我はここに存在できるのだよ」
祭の体を使うハデスは、カイルと大河から大きく距離をとる。
母屋とはいえ障子を開け放つことで広々と空間を使うことができるからこそできることだ。
「“人”とは愚かなモノだ。龍神が“人”の如く暮らして何とする? 末端とはいえ神を名乗るお前が何故、このような場所に在る? 誰かをどこかで信じるなど、愚かな行為よ。くだらない感情に踊らされているのみ。狐術―――鎌鼬」
普段の祭であれば、暴走する狐術だがそれが、ハデスが使うことによって安定して施行される。
所詮は祭が使う狐術だと油断をしていたカイルは正面から狐術の攻撃を受けて壁に叩きつけられ、壁を破って屋内へと吹っ飛ばされて転がった。
「ぐっ、ぁ……っ!」
「もらった!」
カイルを吹っ飛ばして一瞬の隙を見せたハデスに、続いて大河が斬りかかる。
今は目の前にいるのが祭だからと関係はない。
大きく振りかぶり振り下ろす―――が、その剣筋はいとも簡単に、掴んで止められた。
「っ、止めた……だと!?」
「龍神とはいえ、幼いな。この程度か」
「がっ……!」
祭の姿で、ハデスは刀を掴んだことで大きく開いた大河の腹を思い切り蹴りつける。
刀が大河の手から離れ、大河はむせながら地面に崩れ落ちる。
同時に、一糸乱れることなく結い上げていた髪が、流れるようにほどけた。
地面に倒れた大河を雨は容赦なく濡らす。
水は眷属。
なのに、その力を少しも発揮することができない。
大河は蹴られた腹の痛みで立ち上がることすらできない。
「神々の中では、生まれて間もない程度の神が何だという。何もできない、幼い存在ではないか。―――しかし、その神気はもらっておいて損はない」
倒れたままの大河の髪を掴み上げる。
「……め、ろよ……大河を、離しやがれっ」
屋内に吹っ飛ばされていたカイルは、ふらふらと何とか歩きながら、祭に向かって魔術を放つ。
しかし、痛みと霞む視界では上手く当たることもない。
「嬉しいだろう? 気に入ったモノの姿で力を吸い取られるのは。貴様の神気を根こそぎ奪ったら、今度は蠅のごとく飛び回るカイル・シュヴェリアの力を奪ってやろうではないか」
「やめろって、言ってんだろ! いくら、祭の姿でも……容赦しねェ!」
何とかもう一度、魔術を放つもハデスの目の前で力尽きてしまう。
どうして。
何故、届かない。
「無駄なことを。そのまま倒れ伏しておればいいものを。疾風!」
「っ」
祭の姿をしたハデスの力が、そのまま強風の塊となってカイルを襲った。
カイルの体が浮かび上がったかと思うと風によって庭にいくつか配置されている灯篭の一つにその体は叩きつけられ、カイルは今度こそ、意識を手放した。
降る雨が、容赦なくカイルを濡らしていくだけであった……。
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