第66話
「そろそろ帰るか」
お互いに茶とお菓子と愚痴で鬱憤を晴らしたカイルと大河は店を出た。
先ほど以上に空はどんよりと曇ってきている。
今にも雨が降り出しそうだ。
「雨、降りそうだな。まったく、雨に濡れるのだけは勘弁して欲しいぜ」
「そういえば買い物がまだだったな。今から行けばタイムセールスにはちょうどいい。パパ上のご機嫌とりもせんとならんからな。どんな面倒くさい我儘を言われても対応できるようにはしておきたい」
特に食事。
メニューの幅も広がったので前以上に様々な食材を買うことが多くなった。
「クソ狐の我儘にも困ったもんだぜ。オレらより長生きしているクセにどこのクソガキだ」
「昔からパパ上は成長をしていない。祭が襲われて以降は特にな……それどころか年々酷くなっている気さえする」
本当に困ったものだ。
神の暴走を止められるとすれば誰がいるのだろうか。
祭以外には……。
「父上くらいかもしれんな。鬼喰一族はともかくとして。父上は龍神だ。本気を出せばパパ上くらい、一ひねりできるとは思う。とはいえ、父上は王だからな。母上の我儘で外に出ることが多くなったが、そうそう神社にまで来ることなどできんだろう」
だがいずれは大河もそういう立場になるのだ。
数多くある水源の長として人の目に触れることなく一帯を治めることになるだろう。
「今はまだ、俺は神社にいたい。祭がいるあの場所が、今の俺の居場所だからな。祭とて神々ほど長く生きることなどできん。貴様など、もっと短いだろうな。もう、この場所で俺を覚えているモノがいなくなるくらい時が経つまでは……」
と大河は遠くを見つめる。
この話はここまでだと大河は買い物モードに入る。
とにかく今は目の前のタイムセールスだ。
事前にチラシにはすべて目を通している。
「では、タイムセールスという名の戦場に行くぞ!」
周りは主婦、主婦、主婦、まれに主夫。
定刻となるとあちこちから何かが安い、限定何名様まで、と声が飛び交う。
同時にあらゆる場所で主婦があっちに移動、こっちに移動、いかに早く、そして誰よりも良いものを買えるか。
まさに戦場だ。
その中に突っ込んでいける大河は何ともすごいとカイルは思う。
主婦に負けず劣らす素早く良いものを見極めてかごに入れていく。
カイルは大河の指示通り指定されたものを取るため、主婦に交じる。
これだけでカイルの気力と体力はどんどんと奪われていく。
魔術師が主婦に交じってタイムセールスという戦場に赴いているとは、魔術協会は知らないだろう。
****
「ふむ。貴様にしてはよくやった」
指定された食材の内、三つはゲットしたのだ。
だが心身共にライフはもうゼロである。
恐ろしい主婦の軍団に、右に、左に、後ろや前へ押され時折肘鉄を食らわされもうフラフラのヘロヘロだ。
大量の食材を手に、これからまだ神社に帰らなければならないとは。
「だが思ったよりも時間を食ってしまった。早く戻って夕食を作り始めなければならんな」
「あー。何でこう昨日から疲れることばっかりなんだよ……」
「文句を言うな。パパ上のご機嫌をとって、休みをもぎ取ったらゆっくり休めばいい」
その神のご機嫌をとることが一番の難関である。
がっくりとカイルは肩を落として大きく溜息をついて気を抜いた瞬間だった。
突然、目に痛みが走った。
「っ―――!!」
灼けるような痛みに思わず目を覆って膝をついた。
ここが商店街ということも今は構っていられない。
とにかく気を失った方が遥かにマシだと思いたくなるような酷い痛みが断続的に続くのだ。
「どうした? 大丈夫か?」
異変を感じた大河はカイルの肩に手を置く。
ここは商店街。
一応、顔なじみになっている店もある。
大河としてはやはり早めに神社に戻って休ませてやるのが一番だと思ってはいるが、肝心のカイルが歩けるのか、歩けないのであれば神社までの荷物と彼はどうするのか。
どうするのが一番良いのか。
人間と深く関わったことがないから、こういう時どうすることが最適なのかまったくといって分からない。
ひとまず、神社の近くまで行って結界内に入らなければ。
商店街に留まって人の目につくよりかは、人の目につかない場所に行くことの方が良いかもしれない。
龍神である自分はもちろんのこと、カイルだって特殊な身だ。
警察や病院に連れて行かれたとすれば自身の身を確認されるのは少々手間がかかってしまう。
それだけは何とか避けたい。
龍神の力を使えばどうにだってなる。
だが力業になってしまうからこそ、簡単に使っていい力ではないのだ。
「クソ……。タクシーに乗るほどの距離でもない……とにかく移動する。少し我慢しろ」
人間に肩入れをしすぎてはいけない。
そう思いつつ、どうしてかカイルに肩入れをしてしまう。
生きてきた年数ではない。
カイルがただの人間であれば、ここまで肩入れはしないが、そこそこ気に入ってしまったのは彼にそれなりの力があるからだろうか。
何度も彼を運びながら大河は自問自答を繰り返すが答えは出てこない。
神社の近くで大河はひとまず今張ることができる結界を張る。
普通の人間には視えないはずだ。
「っ、クソ……。悪ィな、大河」
「今は貴様が俺に迷惑をかけているかどうかなどどうでもいい。何があった」
手早く話せと大河はカイルに問う。
一方のカイルは、分からないと首を振る。
突然に自分の瞳が暴走したような感覚だったのである。
ただ一つ、はっきりとしていること。
それは、神社を取り巻く負の気が大きくなっているということである。
「とにかく神社に戻らなければどうにもなるまい。荷物は持ってやる。歩けるか?」
カイルは頷く。
神社で何かが起こっている。
大河もそれを感じていた。
長い階段を何とか二人は登る。
カイルは痛む目と重たい体で、大河は重たい荷物を持ちながら。
時間はかかったものの、何とか玄関に辿り着き中に入った所で雨が降り出した。
「降り出したか……」
辿り着く前に体が濡れてしまえば体力はさらに削られただろう。
大河が玄関から空を見た瞬間に、居間の方―――いや、カイルや大河、祭の部屋の方から爆発音が響き渡った。
「! な、なんだ!?」
何とか暴走しようとする瞳を抑え込んだカイルはがばっと体を起こす。
「貴様―――」
「大丈夫だ。何とか、抑え込んだ。つーか今の爆発音、何なんだよ」
「分からん。祭が狐術にでも失敗したのか? パパ上は? とにかく行って状況を確認しに行くぞ」
「あぁ! っ―――!」
駈け出そうとしたカイルだったが、抑え込んだはずの痛みが戻り、その場に蹲った。
何か、自分の瞳でも捉えきれないとてつもなく禍々しい何かが近付いてくる。
どういうことだと大河も聞き出そうとしたが、それよりも先に肌が感じ取った。
冷たく肌を刺すような、穢れを。
どうして今まで気付くことができなかったのか。
いつでも刀を抜けるように腰に佩いた柄に手をやるも、じんわりと手のひらには汗が滲み出す。
龍神―――神々の一員として、自分とはまったく正反対の、感じ取りたくない気配だ。
一歩、一歩とそれは近付いてくる。
まさか、そんなはずはないと頭が考えることを拒否する。
禍々しいオーラを纏ったそれは、ふらりとカイルと大河の前に姿を現した。
痛む瞳を抑えながらカイルは目の前に現れたそれに対して呟いた。
「最初から、分かってたのかよ……。テメーは」
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