第65話
買い物に出かけたカイルと大河は、以前に安倍晴明に連れてきてもらった茶屋の一席にぐったりと座った。
「あー……。疲れた」
「いくら秘蔵の酒を持っていかれたとはいえ、俺達に当たる必要性は微塵も感じないはずだがな。何で俺達が被害に遭わねばならんのだ。GにKにトドメが顔に雑巾とは」
まったくだとカイルも頷く。
暖かいお茶でほっこりとしながら、前回来た時には食べなかった和菓子を注文しては食べる。
大河はこれだけで癒されると呟きながら和菓子とお茶を楽しむ。
疲れた時は甘いものが一番。
カイルは食べるのもほどほどに、茶をすする。
「……いいのか? 金」
いつもの大河であれば、買い物で一円でも安く良いものを買い、とにかく倹約をしているというのに、今回は金額的にも食べ過ぎているような気がする。
「構わん」
カイルの心配をよそに、彼の返答は即答だった。
大河はさらに言葉を続ける。
「あんな仕打ちを受けておいて、祭の他に甘味という癒しがないなど耐えられん。いくら龍神とはいえ癒しがなければ生きてなどいられん。俺のおごりだ。今日は遠慮をするな」
と言いながら、彼は次から次へとお菓子を食べていく。
お菓子となると相変わらずたくさん食べる。
「にしても、あいつらが持って行った酒、高いのか?」
「あぁ、パパ上秘蔵の酒か。そうだな。高いものばかりらしい。いつの間に買ったのかは知らんが、たまにはいい気味だ。……祭が心配で帰りたいとは思うが、パパ上のことを考えると今日は帰る気がしないな」
今日一日くらい、どこかの高級なホテルか宿でも探して泊まり、ゆったり温泉やマッサージ、庭の散策をゆっくりと心ゆくまで楽しみたい気分だと大河は呟く。
とはいえ本当に神の許可なく外泊などできないが、束の間の自由を満喫したい。
ただそれだけである。
普段わがままに振り回されている分、疲れた心を少しでも癒したいだけだ。
「もう少し、ここでゆっくりしても俺達は少しも悪くない。……空が少々曇ってきたな。雨が降る前には帰る。というわけで、次はこの大福と団子を注文する」
「んじゃあ俺は、っと。みたらし団子にするか」
大河の要望で、カイルもたまにはいいかと新たにお菓子とお茶を注文したのであった。
****
一方の儀園神社。
腹の虫が収まらない神は不機嫌なまま部屋で文句を呟く。
「まったく。何で私が綺羅々ちゃんならまだしも馬鹿天狗なんかに。高いお酒を四本も持っていくなんて信じられない! 何でパパがこんな目に遭わないといけないのさ」
とはいえ秘蔵の酒はまだあるのだが。
それでも誰かに喜んであげるのと、理不尽に奪われるのとでは心の持ちようがまったく違う。
不意に、インターホンが鳴った。
ここ最近客が多い。
神はふくれっ面で大河とカイルを呼ぶが、どうやらまだ買い物から戻ってきていないらしい。
どうせ買い物だけでなくどこかで油でも売っているのだろう。
帰ってきたらどちらが上で、ここの主で、ルールなのかをもう一度はっきりと分からせてやらなければならない。
もう一度、インターホンが鳴ったので渋々と玄関を開けると、そこにいたのは今見たくもない顔―――天だった。
「お、やーっと出てくれて良かった良かった」
「何? 私、見てわかる通り君のせいで機嫌がすこぶる悪いんだけど。盗人馬鹿天狗」
昨日、あれだけ酒を奪っておいて何をしに来たのか。
代わりの高級な酒を十本くらい手土産に持ってきているのなら、まぁ許してやらないこともないと思ってはいたが、天がそんなことをするわけがない。
「まぁそうツンツンすることじゃなかろ?」
「で。何の用事?」
「いや~ちょーっと来てほしゅうてのぅ」
神は天を訝しげに見る。
何となく、違和感を覚えたが違和感の正体が一体何なのかが分からない。
目の前にいるのは間違いなく鞍馬の天だ。
そう思っているのに、何かが違うと本能が告げている。
「言い忘れたから伝えたいことがあるっちゅーて姫さんからの呼び出しじゃ! 内容はオレっちも知らん。じゃが、行った方が身のためじゃ」
さらに悪いことに、綺羅々からの呼び出し。
目の前の天狗にすら会いたくないのに、このタイミングで呼び出すとはどういうことだろうか。
「来なければ息子を狐狩りして捕らえて狐鍋にするとか言っとったぞ?」
「それはダメぇぇえええ! パパの大事な祭ちゅわんを狐鍋になんかさせません! しょうがないなぁ。本当、わがままなんだから。ついでに昨日言い足りなかった文句も全部言うからね! 蹴られてもヒールで踏まれても馬鹿天狗を盾にするからね!」
ひとまず祭には出かけることを伝えなければ。
振り向けば、祭が部屋から出てきたらしい。
「パパ?」
「ごめんね、祭ちゃん。ちょっとパパ、綺羅々ちゃんに呼び出しくらっちゃった」
「えっ」
驚いた表情で、祭は神を見る。
いつもなら
「そっか」
と納得するのだが……祭は慌てた様子で神の着物の端を掴んだ。
「ダ、ダメだよっ! パパ行っちゃダメ!」
「? 祭ちゃん? 心配しなくてもすぐ帰ってくるから。それに、そろそろ大河クンとカイルくんも帰ってくるから。それまでお留守番してて?」
「ダメダメっ。本当にダメだよっ」
なおも神の着物を掴む。
「ま、祭ちゅわん! 我儘を言うなんて何てかわいいっ」
「ボクを一人にしちゃ嫌だよっ」
「悪いのぅ。姫さんからの呼び出しじゃ。ちっくと借りるだけじゃ」
それでも祭は納得した表情をしていない。
きっと祭も天に違和感を覚えているのだろう。
目の前の天狗にカイルが追っているハデスが彼に憑依しているのなら、今、神社の外へ連れ出して自分が倒してしまえばいい。
昨日の酒の恨みも込めて叩き潰す。
神社内で何かあれば、被害は自分や神社だけではない。
祭自身だって危ないのかもしれないのだ。
「大丈夫だよ。すぐ帰ってくるから。祭ちゅわんがそうやってパパを引き留めてくれる姿はもう可愛いよ! でも、祭ちゅわんを危険な目に遭わせるくらいなら、パパが頑張るからね?」
優しく、頭を撫でる。
本当は神とて祭とは片時も離れたくない。
今、親として息子を守ることができるのは親である自分しかいないのだ。
「……本当に、早く戻ってくる? カーくんも、大河も、パパも……すぐに……」
「うん。パパも早く戻るから。ほんの少しだけ、ね?」
重ねて言うと、祭は神の着物から手を放して胸の辺りで指を組むと、小さく頷いた。
それはまるで寂しさを耐えているようで。
祭のためにも早く戻ってこなければ。
一層、決意を胸に神は玄関を出る。
「あれ? なんか雨が降ってきそうだね。さっきまで晴れていいお天気だったのに。仕方ないなぁ」
一旦玄関に引っ込むと、和傘を一本手にとった。
ふともう一度、神社を振り返る。
今まで凪いでいたのに風が出始めた。
まるで台風でも来る前かのようで、どことなく落ち着かない。
「さーて、早く行かんと」
「どうせなら、昨日みたいに自分で来ればいいのに」
曇り空を見てざわめく心を、なるべく表に出さないようにしながら、神は天の後をついていくのであった。
神の後ろ姿を見つめながら、祭は唇を噛みしめてまるで何かに耐えるように、その場に座り込んだ。
「お願い……。パパ。大河……カーくん。早く、帰ってきて……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます