第64話

「構わん。調べろ」


 綺羅々の一言で、天はさらに押入れをガサゴソと漁る。

 一方、カイルの見ている前で綺羅々に踏みつけられながら、神はジタバタともがいている。

 まさかあの押し入れの奥に、何かとてつもないもの―――ハデスか、ハデスに纏わる何かを隠しているのか。

 もしそうなのであれば神はカイルに、そして祭や大河、レイキ会に重要な隠し事をしていたことになる。

 一体何が出てくるのか。

最悪、天を見殺しに……一瞬身構えたカイルだったが、どうも気配が違う。

 悪い気配は何もしない。


「発見じゃ!」


 突然天は押入れの下の段に入っている物を次から次へと押し入れの外へと放り出し、床板を剥がした上に何かを取り出して出てきた。


「前前から酒の匂いが微かにしとると思っとった。いい酒発見じゃ! せっかくここまで来たんじゃ。駄賃にもらっておいてやるかのぉ。いや。ちみっと今ここで味見がいいかのぉ?」


 彼が引っ張り出してきた酒を目にした瞬間、神は悲惨な表情をした。

 何せ天が出したその酒は長年集めてきた高い酒コレクションの二本。

 財布の紐が固い大河の目を盗んでは買い集め、彼が買い物に行っている隙にこっそりと押入れの床板の下に隠したのだ。

 よっぽどのことがなければ誰にも見つからない自信があっただけに、今になって見つけ出されるとは。

 それも酒豪である鬼喰一族の前で。

 紫月であれば、分かっていても恐らくこんなことはしないだろうに。

 よりにもよって綺羅々の前で発掘されるなんて。


「見せろ。下僕ナンバー2501。ほぅ、これはいい酒だな。もらうぞ」

「あぁあぁぁ~……私の秘蔵の酒が二本も……大河クンの目を盗んで買っては隠してたのに! 不法侵入した挙句に他人の家を漁るなんて! いくらなんでもカイルくんだってそんなことしないよ!」


 散々、神は綺羅々に抗議をするがその度に無視をされたり、煩いとヒールで踏みつけられたり、それでもなお大切な酒を持っていかれまいと文句を重ねる。


「黙れと言っただろう。下僕ナンバー60。この私がわざわざ出向き、少しばかりの情報を持ってきてやったのだ。酒の二本や三本の駄賃でガタガタと文句を言うな。私がルールだと何度言った。文句ならば義務を果たしてから言え。狐鍋にされたいのか」

「それとお酒は関係ないよ! 横暴すぎるよ! カイルくぅ~ん! カイルくんからも何とか言ってよ!」


 だがカイルには関係のない話だ。

 これ以上、彼らの会話に入るのは無意味である。


「オレ知らねー。寝るわ」


 神の言うことを聞いて、綺羅々にピンヒールで蹴られたり潰されたりする気力体力だけでなく時間の無駄だ。

 それならば早めに眠って明日に備えた方がよっぽど賢い。

 綺羅々の攻撃からすでに逃げ出していたカイルは、ひらひらと手を振って部屋へと戻った。


「カイルくんの裏切り者ぉ! あぁっまた一本高い酒を引っ張り出してっ綺羅々ちゃん本当に横暴すぎるよっ」

「お? これなんかもどうじゃ? 姫さん」

「うむ。よし、今日はこれで許してやろう。帰るぞ。酒を持て」

「姫さんのためなら、えんやこらさっさ~じゃ!」


 押し入れから出したものを片付けるわけでもなく。

 結局、綺羅々と天は神の秘蔵の酒を四本も強奪して帰っていったのだった。




****




 翌日、神の荒れ様は酷いものであった。


「ちょっと大河クン! まだここ汚れてるよ! 本当にもう~神様って言ったってパパより子供なんだからね。カイルくん! 掃除機かけ方おかしいでしょ。畳が傷んじゃうじゃない! まったく一般常識を知らないとか、家事ができないなんてどんな教育受けてきたのか。パパがじーっくり教え込まないとできないのかな?」

「やってみろコノヤロー。逆にテメーに家事一般全部押し付けてやらぁ!」


 早朝の掃除に始まり、朝ごはんでも癇癪を起こし、昼前の今に至る。

 大河も朝からやれやれと何度も溜息をついていた。

 神がこんなにも癇癪を起こしたのはどれくらいぶりかと大河は遠い目で記憶を遡る。

 ひとまず大人しくしてもらわなければとそう思って大河は口を開く。


「パパ上。これ以上わがままを言うのであれば、出ていきますよ? いいんですか? おあげスペシャル丼が食べられなくなりますよ?」

「だってだって~! ほら、二人とも休まない! この神社の中はパパがルールなんだからねっ」


 昨夜、綺羅々と天に秘蔵の酒を四本も強奪されたことがあまりにも腹立たしかったらしい。

 その発散できない怒りのしわ寄せが、カイルと大河に津波のように押し寄せているという状況である。


「大河っカーくんっ! 頑張って!」

「テメーはいいよなぁ!? ただ見てるだけなんだからよ!」

「カイルくん! 祭ちゃんはパパの大事な大事な、目に入れても痛くないくらい可愛い息子なんだから、何もしなくていいの! 祭ちゅわんに危害を加えたら五重ノ塔から地底に突き抜けるくらい思いっきり頭を叩きつけちゃうからね!」


 と言えばカイルは売り言葉に買い言葉で返す。

 その内、二人は雑巾を投げ合い始める。

 大河と祭は雑巾が飛んでこなさそうな安全な場所へと移動する。


「まったく。昨日の一件で酷い荒れようだな」

「ごめんね……大河。パパがいつも以上に無理難題ばかり言って」


 一応、祭としても神がいつもカイルと大河に無理難題を言っていることくらいは分かっているらしい。

 大河はそう謝る祭の頭を撫でながら口を開いた。


「祭。そこは謝る所じゃない。お前が、パパ上にダメなことはダメだと逆に教えて差し上げなければ、パパ上はいつまで経っても道を外れたままだ」

「うん! 大丈夫っボク、ちゃんとパパがダメなことをしたら二人に代わって、めっ! って言ってあげるねっ」


 天使だ。

 天使が目の前にいる。

 あまりの祭の可愛さに大河は頬を緩めて抱き締める。


「大河クン! 純粋な祭ちゃんに悪いこと教えちゃダメだからね! ほら、早くお昼ご飯作ってよ! いたっ! カイルくんのクセにパパに雑巾を投げつけるなんて!」

「ふはははは! 隙があったテメーが悪いんだよ! 極悪非道悪徳クソ狐が!」

「ふふん。この程度で倒れるパパじゃないもんね! 対大河くん用にとっておいたんだけれど仕方がない。いけっイニシャルGちゃん、Kちゃん!」


 神は虫かごを二つ取り出すと、イニシャルGとKをバラまいた。

 Gの中には長く虫かごに入っていたせいかかごから飛び出すや否や羽を広げて部屋の中を飛び回り始めた。


「ぎぃやぁぁぁぁあああああああ!! パパ上! こんな狭い部屋で何てことをしてくれるんですか! ひっ! こっちに飛んできたじゃないですか!」


 鳥肌のように、大河の肌に竜の鱗が体中に出てへたり込んだ。

 祭は慌てて庭方面の障子を開け放つ。


「このクソ狐! 誰が部屋片付けると思ってんだよ!!」

「知らないもんねっ。くらえ、パパ必殺、雑巾アターック!」

「そんな攻撃が当たるかよ!」


 カイルが避けた瞬間だった。

 その雑巾は真っすぐと祭へと飛んでいく。

 気付いた大河はすぐさま祭を自分の後ろに引っ張った。

 べしゃあっ、と濡れた雑巾が大河の丹精な顔に当たって畳の上に落ちた。


「あ……」

「あーあ。知らねェ」


 そそくさとカイルは床に散乱した雑巾を回収、濡れた箇所を急いで拭き取る。


「……パパ上」


 地の底から響くような、大河の低い声。

 あれは相当怒っている。

 さすがの神も身を縮めて「ご、ごめんね。大河クン」と謝る。


「今日はお昼ご飯、抜きです。それから。昼食後そこの馬鹿を連れて買い物に行ってきますが、今日は買い物が多いので夕食前まで帰ってきませんので。そのつもりで」

「……は、はは……はい」


 さすがの神も、龍神の怒りには逆らえなかったのであった。

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