第63話

 インターホンが鳴ることもなく、その気は近付いてくる。

 それも廊下にヒールの音を鳴らして。

 靴を脱いで入るという習慣はないのかと突っ込みたくなるが、口に出せば一発多めにあの彼女の蹴りを食らう羽目になるだろう。

 やがて神達のいる部屋の前で止まった。

 スパァン! と心地の良い音を響かせて思い切り障子を開け放った。


「邪魔するぞ。下僕ナンバー60」


 部屋に入ってきたのは鬼喰の綺羅々である。

 先ほどの廊下を歩く音に違いなく、ヒールを履いたままだ。

 艶やかで鮮やかな赤の着物を着崩した美女が、冷ややかな表情で呆然と座り込んでいる神達を見下ろしている。


「ってちょっと鞍馬の馬鹿! 何で綺羅々ちゃんがわざわざうちに来るわけ!? しかもヒール履いたままだし! 君もだけどちゃんと靴は脱いで入ってきてよ!!」


 この国じゃ当たり前だろう、と真っ先に硬直が解けた神は、天の胸倉を掴んで揺さぶる。

 いつもは真っ当なことをしない、言わない彼が真っ当なことを言っている。


「黙れ狐ごときが。私がルールだ。狐鍋にするぞ」

「ふーんだ。やれるもんならやってみてよ。私だって長く生きてるもんねっ。私が死んだらこの神社、誰が管理すると思ってるのさ。困るのはそっちだもんねっ」


 優位に立ったと神は思ったが、やはりそこは綺羅々だ。

 表情も変えず冷ややかに言葉を返す。


「構わん。代わりの下僕など掃いて捨てるほどいる。貴様一人が死んだところで痛くも痒くもない」

「だっダメだよっ。パパが死んじゃったらボク一人になっちゃうよっ」

「下僕ナンバー251はいい加減に親離れを覚えよ。頭を引っ掴み京ノ都タワーの頂上から地面に向かって叩きつけるぞ。そうすればその甘えた根性も叩き折れるだろう」

「うわぁん! 綺羅々ちゃん怖いよぅっ」


 祭は神に抱き着く。

 そのやり取りに、カイルと大河は口を挟まない。

 口を挟んだら最後。

 こっちまでもが手酷くやられることは身に染みて分かっている。


「で、本当のところ何しに来たのさ」

「狐鍋を食いに」


 あっさりと綺羅々が言う。

 まさか本当にそのためにやってきたのか。

 狐である神と祭は手を取り合ってガクブルと震えながら真っ青な顔でカイルと大河の後ろに隠れる。


「というのは嘘じゃ!」

「あながち嘘でもないぞ。まぁ、そういう話は一旦置く。この私がわざわざ来てやったのだからな。話をせんと時間の無駄だ」


 そして当然であるかのように酒と夕食を要求した。

 せっかくのローストビーフ。

 この日ばかりは、いつもの質素なおあげ丼にすればよかったと大河は内心、歯噛みをする。


「で。わざわざ何の話をするために来た」

「知っているとは思うが、下僕ナンバー53241の追っているモノだが、やはり魂だけで活動をしているらしくてな。その上、誰かに憑依し操っているらしいとのことだ」


 誰からの情報か……紫月しかいないだろう。

 しかし誰かに憑依しているということは、味方の中に敵がいるということだ。


「誰かに憑依?」

「憑依……」

「操られちゃってるの!?」


 カイル、大河、祭がじっと見た先は―――神である。


「ちょっと! 私じゃないからね!? 祭ちゅわんまでパパを疑ってるなんて……」

「だってパパすぐにカーくんと大河に酷いことするから……ごめんねパパっ。パパじゃないってボク知ってるもんっ」

「祭ちゅわぁん!」


 とんだ茶番である。

 綺羅々に至ってはいい加減に茶番はやめろ、狐鍋にするぞと脅しをかけにかかっている。


「話を続けるぞ。誰が憑依されているのかは分からん。紫月の話しぶりでは今の所、下僕ナンバー53004の可能性が高いがな」

「誰だよその下僕」


 晴明らしい。

 しかしそんなにも下僕がいるのかと思うと、彼女の記憶力は逆に凄い。

 だが確かに現在、行方が分かっていない晴明が一番、あり得る。


「んー。ボク、晴明さんでもないと思うっ」


 口を開いたのは祭である。

 何を根拠に言っているのかは分からない。


「ほぅ? では誰だと言いたい」

「えっと、えっと……と、とにかくあの晴明さんがそう簡単に操られるわけないって思うからっ」

「まぁ良い。紫月でも、未だ特定出来ていないと言っていたからな。所で下僕ナンバー100、251、53241。貴様ら最近、見回りを怠っているだろう」


 カイル達は顔を見合わせてマズイと表情に出した。

 確かにカイルの弟が死んで、ずっとバタバタとしていたのだ。


「色々大変なことがあったからな……」

「そ、そうだよっ。カーくん、弟さん死んじゃって……」

「その上、そこのクソ狐が邪魔しまくったし」

「言い訳は一切聞かん。そこに跪け」


 あまりの迫力に、三人は震えながら正座をする。

 これ以上、話を重ねても綺羅々の怒りに油を注ぐだけだ。


「ちょ、ちょっと! 祭ちゅわんだけはやめてよ! 祭ちゃんが可哀そうじゃないっ」


 果敢にも止めたのは神だ。

 祭限定ではあるが。


「黙れ。諸悪の根源が。貴様は京ノ都タワーの頂上から釘バットで打ち落とすからその気でいろ」

「えー!? 決定なのそれ!? そんなぁ~私、何もしてないじゃない!」

「まぁ姫さん。それは後にしたらどうじゃ?」


 天が口を出すと、綺羅々はふむと一考する。


「ピンヒールぐりぐりの刑はカイルくんだけでいいよっ。ドMだからっ」

「誰がドMだ! そんなのテメーがやられとけ」

「パパ弱いから、そんなの受けたら死んじゃうっ」


 じゃあ死ね、とカイルは心の底から思った。

 一方の神は自分を陥れ虐めるなんて何千年も早い、と子供のようなことを言って返す。

 さらにそれに対してカイルが言い返す。


「やめんか。そこのトマト頭共」


 綺羅々は神とカイルの頭を蹴り飛ばし、倒れた二人をピンヒールでぐりぐりと何度も踏みつける。


「ちょっいたたたた! 痛い痛い! 祭ちゅわぁぁあん! パパを助けてぇ!」

「悪いのはクソ狐だけだろ!? いててててて!!」


 触らぬ綺羅々に祟りなしと大河はこれ幸いと祭を連れてこの場を離脱することにした。


「祭、話は終わったらしい。寝るぞ」

「はぁいっ」

「チッ。仕方がない。明日からサボるなよ」


 彼女の一睨みで大河と祭は何度も頷く。


「酷いよ大河クン! 覚えててね!」

「オレを見捨てんな!」


 だが綺羅々の攻撃はなかなかやみそうにない。

 一方、暇を持て余していた天はふと押入れを開けて中を調べ始めた。


「どうした下僕」

「どーも、この奥から妖しい匂いがするんじゃ」

「ちょっとちょっと! 何勝手に押入れ開けちゃって見てるの!?」


 慌てて神が止めようとするが、綺羅々の一撃で神は床にめり込んだ。


「構わん。調べろ」

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