第62話

 パチパチ、と七輪が音を立てる。

 神、祭、大河。

 そして煉も紫月に注目していた。


「じゃあ、どうしたらいいのか、テメーは分かってるって?」


 平常心を保ちながらカイルは紫月に問いかける。

 だが彼女は微笑みを浮かべているだけ。


「何か知ってんだろ?」

「さて、ね。カイル。どうしたらいいのか、どうするべきなのか。答えはキミの中にあるはずさ。それに気付けるかどうかが鍵となるだろうね」


 答えは、自分の中にある。

 それは一体どういうことなのか。

 自分に一体何ができるのか。


「案外、鍵というのは足元に落ちていて見えないものだよ。自分の頭で考えて、考えて、そうやって答えを出せるのが“人”だろう? 今、キミは少しばかり思考を停止させている」


 彼女は続けて言う。


「考えたまえ。考えることなく答えだけを他人に求めてもそれはキミの為にはならないよ」


 焼き鳥の最後の一本を頬張り、酒を煽ると彼女は急に立ち上がった。

 それに従うように煉も腰を上げる。


「それじゃあ、ごちそうさまっ。急用を思い出しちゃったから帰るよっ」

「馳走になった。後は―――」

「煉、早く早くっ」

「……うむ、頑張れとでも言っておく」


 何が何だか分からない。

 暇であろう彼女に急用ができたとはどういうことだ。

 煉も口を閉ざすとは。


「え~紫月ちゃん帰っちゃうの~?」

「ごめんねっ。さて、カイル。ボクはちゃんと伝えたからね。鍵は足元に落ちている、って」


 それじゃあ、と紫月と煉は揃って儀園神社を辞していった。

 彼女達の後ろ姿が消えると一同はただ首を傾げるばかりである。


「何が言いたかったんだろうね。ちょっとパパ、引っかかるなぁ」

「そうですね。一体、何が言いたかったんだ」

「ったくよ。言うならはっきり言いやがれって」

「ん~。ボクもよく分からなかった」


 とはいえ、ひとまず撤収だ。

 それなりに食べた。




****




 儀園神社から離れた紫月と煉は、寄り道をしながら自宅に帰っていく。


「お嬢。あそこまで言うのなら、お嬢がどうにかすれば事態は変わったんじゃないのか?」


 煉が紫月に声をかけるが、彼女は立ち止まり空を仰ぐ。

 どうにかすれば。

 そう。

 自分にはそれができるだけの力があると自覚している。


「その場合、確実に誰かがきっと、命を落とすだろうね」


 あっさりと感情の籠らない口調で紫月は淡々と述べた。


「カイルはそれを望まないし自分でやると言っている以上、カレに託してみてもいいかなって。晴明だってバカじゃないさ。ただ気になることがあるんだ」

「気になること?」

「あの後、晴明の邸を訪れてみたんだけどね……視えなくって。その上、ボクですら入れなかった」


 彼の邸が視えない上に入れない?

 それはどういうことなのか、煉にはよく分からなかったが何かが確実に起こっている。

 ハデスに関係する何かが。


「煉。大丈夫だよ。カイルならきっとどうにかしてくれるさ」

「そうだな。……所でお嬢。言わなくてよかったのか? 綺羅々にも言っていないが」

「いいさ。義姉様にもヒントは出しているんだから。まぁ、義姉様のことだからすぐ分かるかもしれないけど。ボクには……何も出来ないんだから。さ、帰ろう」


 お酒がボクを呼んでる、と呟きながら前を歩く紫月の背を見て煉は溜息をつく。

 彼女のことだからどうせ、最初から言う気がなかったのだ。

 口には出さずに紫月の後を追うのであった。




****




 昼間来ていた紫月は一体、何が言いたかったのか。

 カイルは夕食を食べながら考える。


「カイルくんっ隙ありぃっ。カイルくんのローストビーフいただきっ」


 ローストビーフを奪わんとする神の箸を自らのフォークでカイルは止めた。

 箸も前に比べれば使えるようにはなったがやはり、自分の手にしっくりとくるのはフォークである。


「隙ありぃ! じゃねーよ。誰がテメーなんざにローストビーフよこすか!」

「もうっ! パパがここで一番なんだからねっ大人しくそのローストビーフをよこしなさい」


 神とカイルのいつものやり取りを、大河と祭はいつものことだと自分の皿に手を付けている。

 神が楽しそうで何よりである。


「パパばっかり楽しそうでズルイっ」

「祭。ご飯は大人しく食べろ。ああいう行儀の悪いことをするな」


 未だに神はローストビーフを奪おうと、カイルはローストビーフを死守しようとしている。

 行儀は悪いかもしれない。

 けれど、これがもはや日常。


「やっぱり、カーくん、戻ってきてくれてよかったねっ」

「……そうだな」


 そんな時間帯に、インターホンが鳴った。

 一同は誰が来たのかと首を捻っていると、突然に障子が開いた。

 鞍馬の天狗、天である。


「ぃよーう! おっ美味そうなもん食っちょるな!」

「……馬鹿天狗が」

「あれ? どうしたの馬鹿天狗。ていうか土足で入ってくるのやめてくれないかなぁ。うちの若奥様がブチ切れちゃうじゃないっ」


 どういう理由で来たのかは知らないが、特に話をする相手でもない。


「何しに来たんだよ」

「いやぁ。いろいろとのぉ? 教えて欲しいか?」


 と聞かれたら別にどうでもいい。

 一人を除いては。


「何なに? どうしたの? 天さんっ」


 教えて教えてっと祭だけが興味津々に天の言葉を待つ。


「酒と金をくれたら教えてあげてもいいんじゃがのぅ? お! この肉は美味そうじゃ!」

「勝手に食うな馬鹿天狗の不法侵入者が。この場で斬り殺されたいか」


 今にも刀を抜きそうな大河にも、天は変わらず笑っている。


「せっかくバッドニュースを持ってきてやったんじゃ。酒と金をくれてもバチは当たらんじゃろ?」

「バチは当たるな。酒と金を溝に捨てた罪で確実にな」

「つーかバッドニュースって何だよ」


 バッドニュースと聞いて、カイルも思わず問う。


「知りたいか? 知りたいじゃろう? 酒と金をオレっちに早く恵んでくれないと、悪いことが起きちまうじゃろうなぁ……っと、こんなことしとる間に来てしまったのぅ」


 大きな気がこちらに向かってくる。

 その覚えのある気にカイルだけでなく神、大河の顔色は一気に真っ青になったのだった。

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