第61話
出かけた二人は、何度目かもしれない溜息をつくばかりであった。
「マジでどうにかしてくれよ。あのクソ狐を」
「俺にできると思っているのか? いくら龍神といえども何故かあの禍々しいパパ上には勝てる気がしない……」
そもそも問題はそこだ。
まだ神様の中では幼い部類に入るらしいとはいえ、大河はれっきとした龍神。
そんな大河よりも長く生きているとはいえ、神様でもないたかだか狐一匹に勝てないとはどういうことなのだ。
力を出せば確実にひとひねりであろうに。
「無理だ。あの底知れない気迫に勝てるわけがない。それに、GとKのおぞましいコンボを食らうぐらいなら、あっさりと負けを認めた方がまだマシだ」
しばらく言葉を交わしていたカイルと大河であったが、あまりの不毛さに気付き再度、溜息をついた。
「何にしろ、ハデスさえやっつければオレは晴れて帰国。そうすりゃ被害者にはならなくて済むしな」
「パパ上の件でこれ以上貴様と言い合うのは体力、気力、時間の無駄だ」
そうこうしている内にスーパーにも到着した。
二人は昼ご飯と晩ご飯の食材や、切らしていたものを買い足すとすぐに儀園神社へと戻る。
時計はもうすぐ正午を示そうとしている。
「いまいち、時間があっても何もできねーもんだな」
「パパ上に見つかった時点で平和というものは存在しないからな。常に嵐の中だ」
本人がいないと次から次へと彼を中傷する言葉が出てくる。
「にしても、こう毎晩毎晩、見回りをしても何もしっぽを掴むことができねェとはなぁ」
やる気が失せる、とカイルは呟く。
確かに先日から自分達にとって有利な情報は何一つない。
よりにもよって行動はともかく頼りになりそうな晴明は、おそらくハデスの手に落ちたと思われる。
他に頼りになるモノは……と二人は頭の中で考えるも、ロクなモノがいない。
「なぁ……」
「あの女―――紫月に相談するなど、とてもじゃないが正気ではないな」
それに、と大河は言葉を続ける。
「今は忙しいだろう」
戦力としてはかなり大きい晴明を欠いているのだ。
忙しさどころかサボってばかりいそうな彼女も、きっと綺羅々に様々な任務を与えられて京ノ都を見て回っていることだろう。
出来た昼ご飯を、二人が持っていくと……何やら賑やかな声がする。
カイルと大河が顔を見合わせて、そっと部屋の中を覗き込むと。
「あ、お邪魔してるねっ。ん~このお酒美味しいっ。労働の後のお酒は格別だねっ」
「でしょでしょ!? 一応、私の秘蔵の酒の一つなんだよ」
「いいな~いいなぁ~! パパと紫月さんだけ楽しんでるっ」
何故、いるのだ。
「なぁ……どこが、忙しそうだって? あれの」
「……今のは俺が悪かった。訂正する。あの女は暇だな」
しかしそもそも何をしに来たのかさっぱりといって分からない。
今しがたほんの少し噂をしただけだ。
まるで地獄耳を持ってカイルと大河の先回りをしているかのようである。
「カイル。大河。すまんが少々邪魔をしている」
煉も相変わらず、彼女の後ろに控えている。
昼ご飯が出来たところであるのに何を昼間から二人で酒盛りをしているのだ。
「あ! 大河、早くご飯ご飯っ」
「大河クゥ~ン、カイルくぅ~ん、焼き鳥! 塩とタレの焼き鳥作ってきて~!」
「では俺がこちらの昼餉をいただこう」
ちゃっかりと煉もご飯をいただいているようだ。
鶏肉は確かに、晩御飯用に買ったし鍋用に白ネギも買ってあるからできないことは確かにないのだが……今はそんなことをしている暇ではないだろう。
それに何故、彼女がここにいるのだ。
「あはっ。何しに来たって顔してるね、大河にカイルも」
ケラケラと笑いながら酒を煽る彼女に、大河は嫌な顔を隠すことなく表情を歪める。
ひとまず話は神が所望している焼き鳥作りが優先だ。
とはいえタレに漬け込む時間もほとんどない。
「オイ貴様。手伝え。今すぐにだ」
カイルを引きずり、大河は急いで台所へ向かったのであった。
その後ろ姿を見て紫月は楽しみにしてるね、と声をかける。
「カイルは、元気になったのかな?」
二人の姿が見えなくなると紫月は言葉を漏らす。
見たところ確かに元気だ。
「ん~。さぁね。私達だって人間の心を読めるわけじゃないし」
「神のことだ。ヘコんだカイルの傷口を開き、塩をこれでもか、とふんだんに塗りたくるようなことをしたのではないかとお嬢が心配していた」
「酷いよ紫月ちゃん!」
「んっとね、パパはいつも通りのパパだったよっ。それに、カーくん本当に強いんだ。すっごく……えっと、何ていうのかな。その」
カイルの強さをどう表現したらいいのかと祭は言葉に迷う。
口を開いたのは紫月だった。
「魂が強い、って言いたいんだよね?」
「んっと、よく分からないけどそんな感じだよっ。カーくんね、すっごく輝いてるように見えるんだ。本によく出てくる正義の味方みたいにね、悪い奴はやっつけるんだけどカーくんはすっごく優しいから、悪いことした理由をちゃんと伝えて、ごめんなさいしたらちゃんと許してくれるんじゃないかなって」
祭の言葉に、紫月も
「そうだね」
と言い祭に微笑みかける。
しばし時間が空いたが、大河とカイルは焼き鳥を手に戻ってきた。
「わぁいっ。すっごく美味しそうっ。そうだ、縁側に七輪置いてよ七輪っ。まだ焼けてないのあるんだろう? そこの七輪で焼いていってよっ」
「しいたけも採ってきているから焼くといい」
「注文がいちいち多い。で、何しに来たんだ」
そう言いつつ、大河はすぐさま七輪を持ってきて火を起こし、焼き鳥としいたけを乗せて焼いていく。
紫月はお酒に焼き鳥を楽しむばかりで一向に儀園神社へと来た理由を話そうとしない。
何度か目線を彼女に向けるが完全に無視して神と肴と酒を楽しんでいる。
「なぁ、煉さん。何しに来たんだ?」
カイルは紫月と同じく、焼き鳥にしいたけを生姜醤油で食べる煉に問う。
少し話をしたことがあるだけだが彼ならば答えてくれるのではないだろうかという淡い期待だ。
が、予想に反して彼も口を閉ざしたままである。
―――何か、嫌な予感がする。
きっとこの予感は気のせいじゃない。
「そういえば、カイルはもう大丈夫かい?」
ふいに、紫月がカイルを見て口を開いた。
大丈夫とはどういうことだろうか。
カイルは首を捻って彼女の言葉の続きを待つ。
「ほら、弟さんだっけ? 死んじゃったんでしょう?」
息が、詰まった。
何故それを知っているのか。
神や祭、大河だってそこまで口は軽くないと思っていた。
「何で……」
「知っているのかって? ふふっ、鬼喰だから。人の心を読むのは得意でね。表面上、そうやっていつもの通りにしていても、心の奥底までは自分を偽れない」
シエルを失って痛む心は、今は封じ込めたつもりだ。
どうやったらハデスを引きずり出し倒すことができるのか。
それさえ分からなくて。
このままこうやっていてもいいのだろうかという焦り。
紫月によって掘り起こされる。
彼女が儀園神社に、やってきた理由は何なのか。
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