第60話

 掃除も無事終わり、朝食も洗濯も終えると、久々に少し時間ができた。

 いつもなら神の悪戯がひっきりなしに襲い掛かってくるのだが、今日は気分ではないのかは不明だが、久しぶりにゆっくりすることができた。

 昼まで時間がある。

 寝ていないのだから少し寝ようかと思い、部屋に戻って敷いた布団に転がったものの、眠ろうと思えば思うほど眠気がどこかへ飛んで行ってしまう。

 仕方なく、カイルは鞄の中を整理しようとトランクを開けて中身を取り出した。

 魔術師の純白のコートは目立つ。

 魔術協会の中では気にならなかったその恰好も、一歩外に出れば―――むしろ特に日ノ国ではコスプレ扱いだ。

 なので最近は普通の服を着ている。

 洗濯はしているので綺麗だ。

 大河から使ってもいいと鍵付きの箪笥をもらったものの、中には何も入れずにトランクに全てしまい込んである。

 鍵付きとはいえ箪笥に入れて神に悪戯でもされたら困る。

 トランクには自分以外が触れないように魔術を施しているため、何よりも安心だ。

 先日、シエルの葬式の時に持って帰ってきた手紙の束。

 時間がある時に少しずつ開けて読んでいるが、今は一旦置いておく。

 不意に、カイルはトランクの底から一冊のノートを取り出し、その表紙を撫でた。


「随分、ボロボロになっちまったな……」

「あっれー? カイルくんったらサボり?」


 突然、声をかけられてカイルは慌てて振り返った。

 神だ。

 何故、このタイミングで部屋に入ってくるのだ。


「げっ。来たな、クソ狐。何の用だよ」

「べっつにー? 部屋の前通ったらカイルくんの気配がしたから何サボってるのかなぁって。ついでに、カイルくんにもお父様って言ってもらおうかと」

「言うか。テメーみてーな性悪な親父なんているかよ」


 冷たく返せば、悪戯しちゃうよ? などと口を開く。


「ん? ねぇねぇカイルくん、そのノート何?」

「別に何でもいいだろーが、って返せよ! 返しやがれ!!」

「やだなーそんなに怒らないでよ。で、何? このノート」


 見た所、魔術の本ではなさそうだけど、とノートの表裏をひっくり返しながら神が問うが、カイルにそのノートが何であるかなど神に答えてやる義理はない。


「開いていい? 開いていいよね? だってパパなんだもんっ」

「何だその理屈は!? んなの理由になんねーよ! いいからとっとと返しやがれクソ狐!!」


 奪い返す前に避けられ、神がノートを開く。

 だが中に書かれているのは英語で、神には一切読めなかった。

 分かるのは、子供の字だということだけである。


「何て書いてあるか答えなさい、カイルくん」

「テメーに教える義理は微塵もねェ」

「気になるじゃない! はっ、まさか祭ちゅわんのストーカー日記!? パパはそんなの許しません!!」


 どこをどう見ればストーカー日記に見えるのだ。

 古いノートに書かれた、子供の字で。


「じゃあじゃあ賭けをしようよっ。パパが内容を言い当てたらカイルくんは一生、パパの下僕!」

「じゃあテメーが負けたらテメーはオレの使い魔な」


 賭けは成立した。

 神は自信満々で答える。


「ふっふっふー。パパがカイルくんごときに負けるはずがないもんねっ。そうだなーノートも古いし、子供の字だし……カイルくんが書いた恥ずかしい物語!」

「ぶー。オレがそんなもん書くか。テメーの負けだ。オレの使い魔になってもらうぜ」


 だが神は引かない。

 答えるのは一回きりだというルールになっていないから無効だと。

 それならカイルにも考えがある。

 今から三回だけ、答えを言うチャンスを与えると。


「ふふん。じゃあ絶対当てて、カイルくんを下僕にしなきゃね」

「おー。してみろ。テメーの言うことなんざ、絶対聞かねェからな」


 一回目の神の答え。

 カイルの日記―――ハズレである。


「自分の日記なんて恥ずかしくて鞄から出すか。つーか書くなら鍵付きのもっといい本に書いて自分以外開けないように魔術を施すっつーの」

「カイルくんは意外とナルシストそうだったからそう思ったのに」


 つまらない、と口を尖らせる。

 続いて二回目の神の答え。

 ヤトの日記―――ハズレである。


「クソ師匠がそんな字で書くかよ。それ以前にそんなもんオレが持ってるのバレたら今頃オレは殺されてるっつーの」


 じゃあ、と神が三回目の答えを口にしようとした瞬間だった。

 昼には少し早いが、大河は買い物に行くらしく、祭は神を探して偶然二人揃ってカイルの部屋に来たのだ。


「パパ見ーつけたっ。何なに? カーくんと何してるの?」

「珍しいですね。パパ上が悪戯をしかけていないなんて」

「祭ちゅわん! それに大河クン。今ね、カイルくんと勝負してるんだよ」


 と神は一冊のノートを二人に見せる。

 この中には何が書かれているのかを当てるという勝負をしていると神は二人に説明をした。

 大河と祭はノートをパラパラとめくりながら、首を傾げる。

 そもそも英語が読めるはずがないのだ。


「ほーらどうしたクソ狐。答えるチャンスは後一回だぜ?」

「祭ちゅわん、大河クン! カイルくんのクセにパパに逆らうんだよ!? 大人しく正解を答えればいいのにさー」


 神はカイルに意地悪だと睨む。


「これはお手上げですね。パパ上」

「んー……もしかして、カーくんの弟さんが書いた物語、とか?」


 カイルは驚いたように祭を見た。

 何故、わかった。

 英語を知らない祭が。

 黙り込んだカイルに、祭は小首を傾げて彼の顔の前で手を振ってみる。


「ということは、当たりってことだよね? さすがパパの祭ちゅわん! さ、カイルくん。勝負はパパの勝ちだよっ」

「無効に決まってんだろ! テメーが答えたんじゃねェからな」

「何そのルール! パパがルールなんだからカイルくんは大人しくパパの下僕になればいいの!」

「テメーがルールだと!? ふざけたこと言ってんじゃねェよ!」


 言い合うカイルと神を後目に、大河は「よく当てたな」と祭の頭を撫でてやる。

 どこからそんな答えが出てきたのかはさっぱり分からないが、やはり祭は可愛いと大河は再確認したのであった。


「最近生意気だよカイルくん! 大河クンっ祭ちゅわんを独り占めにしてないでカイルくんやっつけてよ!」


 いきなりの無茶ぶりに、大河は祭を撫で繰り撫で繰りしながら溜息をつくばかりである。


「大河クゥン? パパを裏切ってカイルくんの味方をするの? 大量のGとKを布団に忍ばせていいのかぬぁ?」


 それは非常に嫌だ。

 嫌なのであればカイルを早く懲らしめろと神は大河に言う。

 どうしたものかと大河が思案していると、口を開いたのは祭であった。


「パパ! 喧嘩はめっ! だよ。ボクは、皆仲良しの方がいいなぁ~」

「ま、祭ちゅわん! なんて良い子なんだ! ほら、大河クンもカイルくんも喧嘩しない!」


 一体、誰のせいだ。

 そもそもカイルに喧嘩をふっかけてきたのは神である。

 理不尽にもほどがある上、何故、こういつもいつも巻き込まれなければならないのか納得がいかない。


「さ、祭ちゅわん、お昼ご飯ができるまでパパと遊んでようねっ。大河クン、カイルくんも連れて買い物いってらっしゃ~い」

「大河っ美味しいお昼ご飯が食べたいっ」


 そう言いながら、部屋を出ていく二人にカイルは深い溜息をつきながらノートを片付け、大河と連れ立って買い物に出かけたのであった。

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