第59話
「んなもん。当然に決まってんだろ」
強く、カイルは頷いた。
弟であるシエルを失い、久しぶりに会った家族を見たその日から、一層、心に決めていた。
ハデスは、必ず自分が。
カイルの言葉に、以上、解散と綺羅々がそう口にしたが、空間の緊張感は解けない。
兎に角重苦しいこの部屋から出たいと踵を返したカイルと大河であったが、そんな空気を壊すように口を開いたのは天であった。
「結局、狐共にはどう伝えるんじゃ?」
すっかりと頭の中から消え失せていた。
神と祭にはどう伝えるのかを。
思い出したくなかった。
とはいえ、今、天が口に出さなければカイルと大河の二人がどう話をしたものかと頭を抱えることになっていた。
答えを口にしたのは綺羅々である。
「晴明が倒れたことで、関係者である下僕共を拷問していたとでも言っておけ。内容に関してはレイキ会に問い合わせろとでも言え。疑われんように、今から私が直々に貴様ら下僕を痛めつけておく」
ボキボキ、ゴキゴキと拳を鳴らして綺羅々は立ち上がりカイルと大河に迫る。
「そこで何で暴力!? 意味分かんねェだろ!?」
「ちょっと待て。さっきも痛めつけておいてさらに痛めつける意味がわからんぞ!」
「一番手っ取り早いからに決まっているだろう。晴明が行方不明になった容疑者として拷問されていたとでも言っておけ。そのくらいの機転もきかせられんのか? クズ共」
機転も何も、横暴にも程がある、と大河が大声を上げて綺羅々に訴えるが彼女はそれで止まることはなかった。
「私がルールだ」
「どんだけ女王様だよ! つーか大河。お前神様なんだろ!? 止めろよ!」
「俺に止められるわけがないだろう! 俺もそこそこ長く生きてはいるが、あの女はそれ以上に生きているのだぞ」
納得がいかない。
ふとカイルと大河が、先程まで静かであった天の姿を探す。
すでに彼は出口の手前だ。
「まぁ頑張れ! オレっちは二人が死なないように出口の真ん前で祈願しといてやるからでの!」
もとはといえば天のせいだ。
二人は今にも出口から外に出ていきそうな天の首根っこを掴んだ。
この部屋に入る前に彼も風呂に突っ込んでよかった。
そう思わざるを得ない。
「貴様も道連れだ」
「一人で高みの見物なんざさせるわけねェだろ?」
「下僕ナンバー2501はとっととどけ。下僕ナンバー100と53241は私の制裁を受け取っておけ」
「姫さん! この蹴り、いつもの通りじゃな! おっふ……」
「絶対テメー、ドMだろ!?」
何だかんだと言いながら、カイル、大河、天の三人は纏めて綺羅々の制裁を受けたのであった。
散々、殴り蹴り、ピンヒールでグリグリと潰されズタボロの雑巾のようにされてからようやく部屋の外に見苦しいと蹴りだされた。
「横暴だ。横暴すぎんだろ」
「何で俺まであの女の制裁を受けなければならない。こんなもの、貴様か馬鹿天狗が受ければいいものを」
「いやぁ~この程度で済んでよかったのぅ! 釘バットを持ち出されたら死んでたかもしれん!」
「もう黙れ。やはり貴様と話などしたくもない」
心身ともにボロボロになりながら、早朝、なんだかんだと言いつつカイルと大河は儀園神社へ天に送ってもらったのであった。
****
ボロボロの姿で神社に戻ったカイルと大河は、神と祭を起こさないように細心の注意を払いながら大河の部屋に入った。
詰まっていた息を吐きだして、自分でできる所は自分で手当てをし、自分で出来ない所は互いに互いの傷の手当をする。
「まったく。何故、俺達がこんな目に遭わなければならんのだ」
大河の言う通りだ。
何故、自分達がこんな酷い目にばかり遭わなければならないのか。
まったくと言って納得できない。
「だが、レイキ会の一員は、一度以上は必ずあの女にやられているからな……祭はもう少しで狐鍋にされる所だった」
そう話をしていると、段々と外が明るくなってきた。
またもや眠れなかった。
カイルと大河の二人は腹の底から溜息を吐き出して外に出ると、明るい朝日が目に染みる。
「……掃除、するか」
「……そーだな」
時間的にもいつもの時間だ。
と二人が掃除道具入れに向かうと、ちょうど祭も掃除を始めようかと思っていたらしく掃除道具入れの前にいた。
「あ! カーくんっ大河っ。ってどうしたの!? そのケガ!」
昨夜、鬼喰姫の綺羅々にやられたということを話すと、祭もさすがに納得したらしい。
「綺羅々ちゃん……大河だけじゃなくてとうとうカーくんまで……」
「鬼喰共にはロクな奴がいないな。あの女を筆頭に紫月や他の奴も」
それなりに、人数がいるらしいがカイルは聞かないことにした。
聞けば何となく呼んでもいないのに出てきそうだからだ。
「ボクがおまじないしてあげる! ちちんぷいぷい、痛いの痛いのとんでけー!」
「んなので痛いのが飛んでいくかよ」
「祭……ありがとう。お前がここにいるだけで俺は癒される」
と大河はギュッと祭を抱き締め、抱き締められた祭も嬉しそうな表情で大河に抱き締められるがままにされる。
馬鹿らしい。
「テメーらの周りにファンシーな花が腐るほど咲いてるんだけどよ」
「ついに目と精神が腐ったか。腕のいい病院を紹介してやるぞ?」
「いらねーよ!」
カイルは言い返すと大河とハグをしていた祭がカイルに飛びつく。
もはやいつものことだとカイルはとりあえず祭の頭を撫でて離れ、掃除道具を出し始める。
「どうしよう大河! カーくんに初めて頭撫でられちゃった!!」
「これはますます精神病院を紹介しなければならないようだな。祭、掃除など奴に任せて風呂に行こう。雑菌が繁殖したら危ないからな」
「オレは雑菌か! 精神病患者か!? 言っとくけど、精神的負担を与えてんのはテメーらだからな!?」
分かっていてやっているのかとカイルが怒鳴ると、大河はしれっと
「もちろんだ」
と肯定する。
どいつもこいつもやりたい放題やっている。
いつまでここにいればいいのか。
こんな生活も、確かに悪くはないと思ってはいるが、ほぼ毎日うんざりするほど悪戯と精神的苦痛、肉体的苦痛を与えられれば、逃げ出したいと思わない方がおかしい。
早くハデスを見つけて封印、もしくは退治しなければ。
視界の端では大河と祭がまだハグをしている。
「いつまでやってんだよ! とっとと終わらせねェと朝飯が食えねェじゃねェか!!」
それでなくても一睡もしていなくてしんどい思いをしているというのに。
けれど……やはり心のどこかで、悪くないと思っている自分がいることに、カイルは自分自身への溜息をつかざるを得ないのであった。
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