第58話

 扉の中に入ると、いかにも古く、大きな机があり女が今時らしくノートパソコンを前に座っていた。

 長く艶やかな黒髪を結い上げ、簪で飾っており、左目には珍しくモノクルをかけている。

 来客に気付いたのか女はノートパソコンを脇に寄せると視線をカイルと大河に向ける。


「私がレイキ会本部を仕切っている鬼喰一族の綺羅々だ。貴様が例の魔術師か」


 威圧感のある鋭い瞳がカイルを貫くように見ている。

 だがその程度でカイルは怯まない。

 しっかりと頷き答えた。


「貴様らを呼んだ理由はそこの悪臭を放っている役立たずの下僕ナンバー2501から聞いているだろうが、晴明のことだ」

「奴は俺達と別れるまで無駄に元気だったぞ」


 彼と会って話をしていたのは事実だが、失踪したことについては何も関与していないと大河は言う。


「つーか何でこっちが尋問されなきゃなんねェんだよ。クソババア」


 そうカイルが悪態をついた瞬間、綺羅々は椅子から立ち上がり、カイルを蹴って床に転ばせたかと思うと、ピンヒールでぐりぐりと踏みつけ始めた。


「20年も生きていない”人”ごときが私に生意気な口を聞くな。次にそんな態度を取り、クソババアなんぞと呼んだら釘バットをその腹に叩き込むぞ。下僕ナンバー53241が」

「いでででで! 誰が下僕だ! おぐっ」

「おーおー。くらっちょるくらっちょる。姫さんの美しい足で踏まれるなんて羨ましい限りじゃ」


 その様子を天は笑いながら見ていた。


「下僕ナンバー2501は黙っていろ。下僕ナンバー100。ここなら死神のハデスごときに聞かれる心配もない。分かっていることも曖昧なことも全て話せ」


 何故、それを知っているのか。

 カイルが問いかけると、綺羅々は何でもないように告げた。

 魔術協会と繋がりがある者からすでに話は聞いていたのだと。


「異国から逃げ出した死神を捕らえられず、我が国に棲みついていると。その上、逃げ込んだ先は儀園神社らしいとな。奴を冥府に送るため、魔術協会から一人派遣するらしいというところまでだがな」


 魔術協会と繋がりがある者がいるとは初耳だった。

 それは大河も同じだったらしい。

 カイルと大河はお互いに顔を見合わせる。


「下僕ナンバー53241。貴様はあの死神と何かあるようだな?」

「それも繋がってるとかいう奴に聞いたのかよ」

「詳しい事情までは知らんがな。貴様はどういう経緯で死神と何があった」


 何故それを命令されて、答えなければいけないのか。


「何でオレがテメーらにわざわざ話をしなきゃなんねェんだよ。大体の居場所も掴んだ。後はオレが奴をぶちのめすだけだろ」

「矮小な”人”ごときが一人で頑張って何になる。それで世界が平和になるとでも思いあがっているのか貴様は。だとすれば、貴様の頭はおめでたいだけのトマト以下だな」


 はっきりと綺羅々はカイルに言う。

 さらに何か言い返そうとしたカイルを止めたのは大河だった。


「今は話しておけ。ちなみに俺は、一旦こいつと離れたが、茶店で欲しいものがあった為購入をした。これがレシートだ。後、行ったのは晴明の奴と行った店とは別件だ」

「なるほど……。下僕ナンバー100の言う通りだ。今後、こちらとしても人材を失うわけにはいかん。これは“人”と“人ならざるモノ”達のバランスを保つだめだ。陰陽師である奴が行方不明であることは大きな痛手だ。馬鹿の一つ覚えのように滅するだけが魔術師の仕事とでも思っているのか?」


 カイルは仕方がない、と口を開いた。

 あれは、十年ほど前のこと。

 新しい両親にちゃんと血の繋がった弟と引き取られて数ヶ月が経とうとしていた寒い冬のある日だった。

 広い庭一面に雪が降り積もっていて、弟と雪合戦をしようと外に出た。

 朝食までには家に戻るように両親に言われ喜んで二人は子犬のように雪で遊び始めた。

 何気ない、平和な風景。

 だがそれは一瞬で壊れた。

 突然現れた黒いローブのモノ。

 いつか物語で読んだ、死神そのものだった。

 死神は言った―――やっと見つけた、とか。


「家に逃げ込むことも出来なくて、怖くて目を閉じて、しばらくして目を開けてみりゃー隣にいた弟が倒れてたんだよ」


 殺されたわけではない。

 その時は気絶しているだけだと思っていた。

 なかなか弟のシエルは目を覚まさなくて、病院でも原因不明だと言われていた時、魔術協会と名乗ってカイルの前に派遣されたのがヤトであった。

 彼に話をすると、ヤトはすぐさまシエルを魔術協会で預かることにした、と義理の両親に告げたのである。


「ハデスが何をしたかったのかは今でも分かんねェけどな」


 話終わると、綺羅々は何やら難しい顔をして考え込んでいた。


「……やっと見つけたとはどういうことだ?」


 不意に問いかけたのは大河である。

 それには綺羅々も引っかかっていた。

 見つけたということはカイルか、それとも弟のシエルのどちらかが狙いだったのだろう。


「ふむ。下僕ナンバー53241。どうやら貴様は、貴様自身がまだ知らない何かを持っていて死神に狙われているようだな」

「オレが?」

「何にしても、あの死神を再び封印するか、できれば冥府に送ってやるしかないな」

「しかしのぅ、姫さん。それが簡単じゃーないんじゃ」


 何か知っているのか。

 天の言葉の続きを一同で待つが、いつまで経っても彼は口を開かない。


「オイ。馬鹿天狗。貴様何か知っているのか?」

「ん? オレっちは何も知らん!」


 言ってみただけだと。


「この知ったかぶりが……死ね!」

「うぉう!? 危ないじゃろう! 大河! オレっちを殺す気か!?」

「うるさい! 貴様は口を開けば知ったかぶりばかりで話をぶち壊す。その上、どうでもいい内容を口にしては酒や金を集る。その根性、この俺が斬り直してやる!!」

「オレっちはまだ死ねん!」


 いくら綺羅々の部屋がそこそこの広さといえど、大男が逃げ回り、それなりに身長がある龍神が刀を振り回しては迷惑というもの。

 このパターンの結果は大体分かっている。

 椅子に座って様子を伺っていた綺羅々の様子を、カイルは横目で伺った。

 大分、苛立っているのを見て取れる。

 普段の大河であれば相手の機微を伺っているのだが、どうも天にその調子を崩されているらしい。

 一度、綺羅々から目を外したカイルは再び彼女に目を向ける。

 このままでは話が一向に進まない。

 しばしの間と、深い溜息を吐き出したかと思うと綺羅々は重々しく口を開いた。


「貴様ら。京ノ都タワーの頂上から釘バットで打ち落とされたいか」


 そして目に留まらぬ速さで綺羅々は大河と天を蹴り床に転がすと、ピンヒールで彼らをグリグリと踏みつける。

 数分も経たない内に、ボロボロとなった二人が転がる。

 綺羅々はそこまでやってから何事もなかったかのように椅子に座った。


「兎にも角にも。死神の狙いはおそらく下僕ナンバー53241だ。理由など分からん。が、下僕ナンバー53241が動けば死神も動くだろう。どうせレイキ会ができることなどないだろう。下僕ナンバー53241。どう考えてどう動き、結果どうなるかは貴様次第だ。何かあればフォローでも支援でも何でもしてやる。適当にしろ」


 適当、何というアバウトさか。

 実際問題どうでもいいと言わんばかりではないだろうか。


「一つ補足しておく。我が国の適当は、いい加減の適当などではない。しかるべき考えを以てしかるべき行動をし、しかるべき結果を出せ」


 その言葉を聞いて、カイルはどうでもいいと思っていた自分の思いを改める。

 なんだかんだと思う所はあるが彼、彼女達は自分なんかよりも遥か昔から長く生き続けているモノだ。

 しかしそれでもハデスを仕留めたり封印したりすつこともできない。

 ならば自分がやるしかない。


「んなもん。当然に決まってんだろ」

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